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第41話

「よお」  竜次郎は予告した三十分を過ぎることなくやってきた。  玄関に迎え入れるといつもの香水に混ざってアルコールと煙草が香り、夜の匂いだな、と思う。 「竜次郎……ごめんね、こんな遅くに……」  謝るのを遮るように、伸びてきた手に髪をかきまぜられた。  そっと見上げると、鷹揚に笑う竜次郎がいる。 「馬鹿、何気ィ遣ってんだ。俺も来たかったから来てんだよ」 「……ありがとう」 「竜次郎煙草吸う?灰皿になりそうなもの……あったかな」  そう長くもない廊下を通りリビングに案内しつつ、先日のオーナーに続いての珍しい来客に何の備えもないことを憂えた。今後は灰皿とスリッパくらいは買っておこうかと思う。 「別に吸わねえぞ」 「でも、吸うよね?俺ももう未成年じゃないし、遠慮しなくていいよ?」  首を傾げた竜次郎に、匂いがする、と言えば「ああ、俺んじゃねえ、うつったんだろ」と返ってきた。 「俺は付き合いで吸うくらいだ。…気になるか?」 「ううん、竜次郎が吸いたいのに吸えなくてイラつくとかじゃなければいいんだ」  特に嫌煙家ではないが、吸わないならばもちろんその方がいい。竜次郎には健康で長生きしてほしい。 「お前がいれば嗜好品は何もいらねえよ」  肩を引き寄せられ、うなじに軽く歯を立てられてぴくんと震えた。 「ん、竜次郎…、何か、飲む?」  わざわざ来てもらったのだから何かもてなした方がいいだろうかと聞いてみるが、「いい。気を遣うな」と一蹴される。 「それよりお前は一仕事終えて寝るとこなんだろ。さっさと寝ろ」 「え……でも、折角竜次郎が来てくれたのに……」 「お前寝かしつけるために来たからいいんだよ。寝室何処だ」 「あ……こっち」  寝室に一歩足を踏み入れた竜次郎は眉を顰めた。 「……こいつと寝てんのか」  相変わらずぬいぐるみにライバル心を燃やしているらしい。  ベッドに鎮座ましましている相棒を抱えて、その短い手を竜次郎にタッチさせて仲良くしてほしいアピールをする。 「ぎゅってするとふかふかで気持ちいいよ?」 「これからはバリカタにしとけ」  あくまで対抗心を捨てない子供のような竜次郎に、つい笑ってしまいながらベッドの下へと相棒をそっと置いた。 「わかった。汚しちゃうと嫌だからよけとくね」 「……………………お前な」 「バリカタをぎゅってさせてくれるんでしょ」 「ったく………」  煽るな、と囁いた竜次郎は湊に横になるように促すと、傍らに座りTシャツの裾をまくった。 「……随分腫れが引いたな」  脱がされるのかと思ったが、傷の確認らしい。 「うん、縫った違和感みたいのはあるけど、痛いこととかはないよ」  つ、と傷の上に貼ってあるテープのそばを指で辿られて、息を呑んだ。 「……竜次郎……」 「寝かしつけるつもりで来たのに、お前見てるとすぐスイッチ入っちまうな」 「俺……してほしい、よ?」 「風呂場で思い出した、なんて言うからエロい話かと思ったじゃねえか」 「え?あ……。あの時は、全然そんなこと考えてなかったけど……」 「お前のスイッチは全然わかんねえな……」  脱力した竜次郎に、電話口で咳き込んでたのはそれかな?と思い至った。 「でも、竜次郎一緒にお風呂入ってくれなかったし……。竜次郎はお風呂で俺のこと思い出したらエッチな気持ちになるの?」 「別に風呂場以外でも最近はエロいお前のことばっかり考えてるぞ」 「竜次郎、元気」 「若くて健全な男ならこんなもんだろ」 「俺は?」 「お前は考えねえのか?」 「…………竜次郎、ちゃんとご飯食べてるかな、とかは考えるけど」 「お袋かよ」  がっくりと項垂れる姿に笑ってしまった。 「竜次郎と一緒にいると安心する」 「それは男としては微妙なんだが」  お前が幸せなのが一番いいんだけどよ、と複雑そうな面持ちの竜次郎の男らしい手を取る。 「じゃあ…、どきどきすること、して……?」    口元に運んだ彼の指先をちゅっと吸って。  その意図をもって煽ってみた。

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