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第50話

 二人目の客を送り出したところで指名が途切れたので、少し休憩を入れようとバックヤードへと足を向けた。  身だしなみを整え、気持ちを切り替えたりするのもまた業務のうちだ。リアルタイムの天候や大きなニュースをチェックしておくと会話もスムーズになるし、少しでも時間が空けばスタッフはみんなセルフメンテナンスに勤しむ。    本日一人目の客は初めての来店で、研究者だと言っていた。物静かな男であまり会話はなく、楽しんでいただけたのか少し心配だ。  二人目は常連のさる会社の社長で、年頃になった年の離れた妹が構ってくれなくなったこととクセの強すぎる部下がフリーダムすぎるという、いつもの苦悩を語って帰っていった。若くして立場もあり、オーナーの知り合いなので当然ビジュアル偏差値も並以上、話をしていても育ちの良さや教養の高さが窺えるような好人物なのに、気苦労が多そうで大変だなと思う。途中、隣のブースで接客をしていた毒舌キャラでM層のニーズをキャッチしているキャスト、榛葉の毒が聞こえてきて、彼がさりげなく胃を押さえていたので、次は誰か別の人の隣になるように話を通しておこうと思う。  そんなことを考えながら戻ったバックヤードには、まだ三浦がいた。  湊に気づいてPCから顔を上げる。 「桜峰、休憩か」 「はい。三浦さんもお疲れ様です」  定型の挨拶に、三浦の眉間の皺が深くなった。 「……本当にな。桜峰からも望月さんに言っておいてくれ。早く人類になるようにと」  辛辣で心の底から忌々しげな物言いだが、八重崎への対応に近いものを感じる。これが彼の愛情表現なのかもしれない。……………希望的観測かもしれないが。  置いてある姿見でざっと乱れている箇所はないか確認しながら、ふと、三浦はダークサイドのことにとても詳しいのではないかと思い至った。 「あの……、聞いてもいいですか?」 「答えられることであれば」  長い指で高速タイピングしながら、時折タブレットや書類に目を落としつつも三浦ははっきりと返事をした。  彼は都合の悪い時は断る種類の人間だろう。湊は本日疑問に思ったことを聞いてみる。 「任侠と極道とヤクザと暴力団はどう違うんですか?」 「任侠と極道は自称、ヤクザは俗称、暴力団は警察が取り締まるためにつけたいわば公称か。それぞれの語源は調べればすぐに出てくるだろう。基本的には同じ反社会的な組織のことやそれに属する人間を指す」  淀みのない説明を頭の中で反芻しながら、そういう区分けをすればいいのかと僅かにピンときた。 「……自分の現在の立ち位置が不安か?」  黙ったのを気遣ってか、ちらりと三浦が視線を投げてよこす。  湊は少し考えて、慎重に言葉を紡いだ。 「そう……ですね……、自分のというか、竜次郎とは高校の時ずっと一緒にいてすごく今更だし覚悟が足りないって言われるかもしれないですけど、犯罪集団とか反社会的とか暴力団っていう言葉にピンとこなくて」 「普通に……所謂カタギとして生活していて、自分や自分の身内が加害者や被害者になる覚悟をしている奴はいないだろう。覚悟は、いつでも後ろから突きつけられるものだ。幸か不幸か桜峰はそこで逃げ出すことのできる人間ではないようだが」 「でも俺は、一度逃げてるんです。だから、突きつけられた時の自分が少しだけ、恐いです……」 「人は、そう簡単には死ねない。無様でも、消えてしまいたくても、訪れるべき時にならなければその瞬間は訪れない。常に考えることだ。己に恥じぬ生き方を。どれだけ望まぬものを押し付けられようとも、最後に笑えるように」  八重崎は、何の感情の起伏も感じさせす人は簡単に死ぬと言っていた。  逆に三浦の話には、生々しい『生』がある。 「それが……三浦さんの人生観なんですか?」 「……そう生きざるを得なかったというだけの話だ」  彼は一体どんな人生を歩んできたのか。きっと想像を絶するものであるということだけはわかった。  話しながらも作業を終わらせたのだろうか。三浦がPCを閉ざす。 「俺は組織内での立場上、桜峰に内部情報を流すことはできない」 「……はい」 「……だが、木凪はただの月華の身内だ。あのスパコン並の脳味噌を存分に使ってやるといい」  そう言った三浦は、悪いことを唆すようにニヤリと唇の端を吊り上げた。

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