69 / 112
第69話
戻ると、流石に疲れたのか湊は眠っていた。
その姿がある事に胸を撫で下ろしてしまう自分は、いつまでも五年前の事を引きずっていて情けないとは思う。
いつも湊は『一緒にいてもらっている』という言い方をするが、本当は離れていられないのは自分の方だ。
傍らに座り、そっと額にかかる髪をどけた。
寝顔は穏やかで、悪い夢を見たりしている様子はない。
守ってやりたい…などと、五年前には感じなかったのに。
欲望は、あった。制服から覗く白い素肌にドキッとしたり、柔らかそうな頬や唇に触れたいなどと考えては、友である湊を貶めた自己嫌悪に苛まれた。
湊は頼りなさそうな見た目に反して、きちんと貫くべきものを持っている。家がヤクザだからとあからさまに敬遠されていた竜次郎に、『自分は特にその被害を受けていないから』と笑いかけることのできる強さがある。そんな人間に対して、守ってやるなどと傲慢な考え方だと思っていた。
それは、今でも変わらない。
ただ、それらを全て加味した上で尚大切にしたいという気持ちが、再会してから駄々洩れている気がする。
愛しい、なんて甘ったるい思考回路が、まさか自分に搭載されていたなんて思いもよらなかった。
「俺をこんな骨抜きにしやがって。恐ろしい奴だぜ、お前は」
小さく漏れた囁きが聞こえたのか、それとも触れられたことで覚醒したのか、ぴくりと瞼を震わせた湊が、薄く目を開けて身じろいだ。
「……りゅ……じろ……?」
「悪い、起こしちまったか」
「ん……起き、る……」
「寝てていいんだぞ。疲れてんだろ」
「平気…………」
そう言いながらも、湊は布団の中からずるりと這い出して、竜次郎の足に頭を乗せるとうとうとしている。
こっちよりも布団の中の方が寝心地がいいだろうに、こんな風に甘えられると口元が緩んだ。あまり人様にお見せできない顔になっている自覚はある。
「飯は食ったのか?」
「竜次郎……帰ってきてから……って……」
用意はしてあるのだろうが、この様子では食べながら寝てしまいそうだ。
少し様子を見て、目が覚めてくるようならでいいかと勝手に決める。
猫でも構うように手触りのいい髪を梳くように撫でると、湊は心地よさそうな吐息を漏らした。
「湊、お前、何かして欲しいこととかねえか?欲しいものでもいいぞ」
湊の望むことは何でもしてやりたい。
常にそう思っているが、普段湊は全く我儘を言わないので、寝ボケている今なら何か願望を聞けないだろうかと目論んでみた。
「竜次郎と一緒にいたい……」
……が、予想通りの返答で肩が下がる。
「それは前提だろ。それを踏まえたうえでなんかねえのか」
「……ええ……?難しいよ……」
うーん、と考えながら、眠ってしまうかと思ったが、ややあって湊は口を開いた。
「いつかでいいし……できたらでいいけど……、」
「何だ」
「竜次郎と、どこでもいいから近所をぶらつきたい……」
学生の頃はよく二人でコンビニや公園や河川敷をぶらついた。
二人とも特に打ち込むものもなく、また学生のための娯楽も少ない場所に住んでいたため本当にただぶらぶらしていただけが、それまで学校に親しい友達がいたこともなかった竜次郎にとっては、大切な日々の思い出だ。
湊もそう思っていたのだろうか。
「でも、いつかでいいよ。今は、危ないかもしれないし」
こんな事を付け足してくる湊は、なかなか聡い。外に出たら撃たれるというほど危険なわけではないが、何かに巻き込まれる可能性はゼロとは言い切れないだろう。
だが、折角聞けたリクエストなのだ。叶えないという選択肢はない。
「なら、近いうちにな。約束だ」
遠慮するようなことを言いながらも、約束が嬉しかったらしい。
湊は竜次郎の言葉にふにゃっと頬を緩ませた。
ともだちにシェアしよう!