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第70話

 夢うつつでした約束は、意外に早く果たされる事になった。  何なら夢として忘れそうだったところを、翌日「次の休日いつだ」と予定を聞かれて現実だったとようやく気付いた。驚いていると、誤解させてしまったらしく「嫌なのかよ」と機嫌を損ねそうになって、慌てて嬉しくてびっくりしただけだとフォローして。  竜次郎はいつも優しい。  中尾の組織に謎の人物の接触があったことも含め、安全面だけが心配だったが、大丈夫?と聞いたら近所ぶらついてるくらいで撃たれたらたまんねえよと笑われてしまった。  言うほど楽観できる状況なのかどうかは湊にはわからない。  ただ、本当に危険だったとしたら竜次郎は出かけるのを先延ばしにしただろう。  その竜次郎が行くぞと言うのだから、自分は楽しめばいいのだと、湊はその日を心待ちに一週間を過ごした。  約束した日、湊は朝から竜次郎の屋敷の台所に立っていた。  昨晩湊を連れ出した竜次郎は「明日お前が動作しなかったら困る」と何もしなかったので、少し残念ではあったものの、朝きちんと目覚めることができたのはありがたい。  まだ眠っている竜次郎の腕をすり抜け、エプロンを着けて、持ち込んだ食材と調理器具との格闘を始めた。傍らには鹿島に伝授してもらったレシピや料理のコツの書かれたメモ帳。  竜次郎が約束を果たしてくれると言うのならば、自分も約束を果たさなくては。  ボウルに落とした卵をかき混ぜていると、ふと視線を感じ、振り返って見た光景に一瞬固まった。  事務所でも顔を見たことのある強面の男三人が戸口に身を隠すようにしてこちらをじーっと覗いている。 「えーと……おはようございます……?」  何だろうと思って控えめに挨拶をすると、「「「おはようございますっ」」」と朝から濃い目の揃った挨拶が返ってきた。 「何か御用で……あ、もしかしてお腹が空いてるとか……ですか?」  挨拶を交わしたもののその場に立ち止まったままの三人を見て、今こそ松平組の人達と距離を縮めるチャンスではないかと、出来上がっていた唐揚げを皿にいくつか取り分けて、笑顔で勧めてみることにする。 「よかったらつまみますか?たくさん作ったので」  びくっとした三人は、顔を見合わせあい、何を言われているのかわからないという表情で聞き返してきた。 「お、俺達が食ってもいいんすか……?」 「その、よかったら」  毒味役なのかと心配しているのだろうか、恐る恐る箸に手をのばす姿に、なんだか野生の動物みたいだと微笑ましい気持ちになった。  ……小動物ではなく、熊などの大きめの動物だとは思うが。 「「「……美味い……!!」」」  唐揚げにかじりついた三人は、随分と大袈裟に喜んでくれた。  鹿島に教えてもらったレシピ通りに作ったので特に失敗はしていないと思うが、別に普通の唐揚げだと思う。揚げたてだから美味しく感じるのかもしれない。  少しは親しんでもらえたかなと自己完結して、卵焼きに取り掛かろうと卵焼き器を取り出していると、背後からテンションも高く「新妻の手料理!」「裸エプロン!」「味見あーん!」というワードが聞こえてきたような気がしたが、連想ゲームでもしていたのだろうかと疑問符を浮かべながら作業を続けた。  卵は好きなので、湊一人の時も比較的食卓に並びやすい食材だ。  唐揚げよりは慣れた手つきで卵を巻いていると、シンクに唐揚げの皿が置かれた。 「死ぬほど美味かったです……!」 「マジ、寿命伸びます。ごちそうさまです」 「俺達のメシも毎日湊さんが作ってくれたらいいのに……!」  口々にお礼を言われて、首を傾げる。 「でも、食事の係?の人がいるんですよね?あと日守さんも」 「いやいや、やっぱり湊さんの手料理は何かこう愛情があるっていうか心にも美味いっていうか……」 「「わかる~」」  まあ、竜次郎に食べて欲しくて作っているので、愛情はこもっていると思う。  それが駄々漏れているのだとしたら少し恥ずかしい。  それからなんとなく話が弾み、少しは距離が縮まった気がしてホッとする。  やはり胃袋を掴むのが最強か、と鹿島に内心で頭を下げた。

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