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第100話

 堂内には静かな緊張が流れていた。  長崎は目を眇め、竜次郎の思惑を探っているようだ。  彼からすれば、敵の土俵に乗ってやる義理はない。そんなことはわかっているはずの竜次郎がこんな勝負を持ちかけてきたことに疑問を感じているのだろう。 「フン……。それで?お前が勝ったらこのガキを返せってのか?」 「そいつは物じゃねえ。賭けの対象にはしない。俺が勝ったら松平組にちょっかいを出すのはやめてもらう。で、あんたが勝てば組はくれてやるよ。もちろん、親父にはこの勝負の許可はとってある」  そんなことを平然と言ってのける竜次郎に、湊は目を瞠った。  この人数と暴力沙汰になるよりは、表面上は平和的な勝負であると言えるが、負けた時に失うものが大きすぎないだろうか。  長崎がまともな勝負をするのか、また勝敗がついたところで約束を果たすのかも分からない。 「親が親なら子も子だな……自分の家族を何だと思ってやがる」  表情を歪めた長崎が吐き捨てるように呟き、立ち上がった。  静かな怒りの気配に、湊は息を呑む。  何をするつもりだろうと思っていると、近くにいる部下に小声で何か指示を出す。  程なくして、本堂の中央に畳が三畳運び込まれ、その上に長くて白い布のようなものが敷かれると、竜次郎の瞳が面白そうに輝いた。 「はっ……やっぱりあるんじゃねえか」 「……乗ってやる。下らねえ勝負を持ちかけたことを後悔させてやるよ」 「博徒の血が騒いだか。そうこなくちゃな。壺振りは……」  竜次郎は、少し離れた場所にいた中尾にちらりと視線を投げる。 「……中尾、お前に頼みてえ」 「ああ?何で俺が」 「そいつは松平組にとって味方でも何でもねえぞ、いいのか?」  長崎の呆れたような声にも、竜次郎は「ああ」と力強く頷いた。 「中尾は博徒じゃねえ、素人にやらせりゃイカサマもなにもねえだろう」  長崎がそれでいいのかと中尾に視線を投げると、中尾は「面倒だが、仕方がねえな」と頭を掻いた。  それを了承と判断し、竜次郎が懐から賽子とコップ状の笊のようなものを渡す。  受け取った中尾は、唇の端をにやりと吊り上げて邪悪に笑った。 「後悔するぜ、竜」 「気安く呼ぶんじゃねえよ、チンピラが」  二人の間に火花が散ったように見えて、心配になる。本当に大丈夫なのだろうか。  はらはらしている湊をよそに、長崎と竜次郎は、白い布を挟み、相対して座る。  中尾が端に座ると、ぐっと空気が引き締まったのがわかった。  中央に寄せられた灯台の火灯りが、博徒達を妖しく照らし出している。 「丁か半かの一発勝負だ」  深夜の廃寺で、松平組を賭けた博打が始まった。

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