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第101話

 静まりかえった堂内に、濃密な緊張感が満ちる。  湊は固唾を呑んでその様子を見守っていた。  竜次郎に、勝って欲しい。勝ったところで長崎が約束を守るとは思えなかったが、今自分を取り巻く状況は関係なく、ただ、竜次郎に負けて欲しくないという気持ちが強くあった。  風の音が廃寺を叩き、方々に開いた隙間から吹き込んでくると灯火が揺れる。  チリ…ッと微かに撚り紐の焦げる音がして。  その瞬間、振りかぶった中尾が賽子を笊に投げ入れ、布の上に伏せた。  中尾が手を離すと、その様子をじっと見ていた長崎が口を開く。 「……竜次郎、選ばせてやる。丁か、半か」 「丁だ」  竜次郎は、即答した。  あまりの断言ぶりに、出目がわかっているのかと思ってしまう。 「いいのか?合計で一番出やすい目は七だ。半の方が手堅いんじゃねえか」 「長崎さん、動揺させようったってそうはいかねえぜ。どっちの方が有利だとかいう話は色々聞くが、確率論でいきゃどっちも同じだ」  勝負事に疎い湊は一瞬そうなのかと思ってしまったが、竜次郎は流石に冷静だ。ニヤリと笑って余裕でかわしている。  かわされて特に残念そうでもない長崎が「なら俺は半だ」と告げると、中尾が笊を持ち上げた。  賽子は、二つとも三の目だった。 「……三ゾロの丁、俺の勝ちだな」 「チッ……仕方がねえな」  諦めたように顔を伏せた長崎は、不意に懐に手を入れたかと思うと、取り出した銃を対面の竜次郎に突きつけた。 「遊びは終いだ。松平組の看板を渡してもらおうか」 「……あんた、もう博徒じゃねえっつったのは本気だったんだな。勝敗なんかどっちでもよかったんだろ」 「最初からそう言っただろうが。俺はもう捨てたんだよ。任侠だ、仁義だって、下らねえ浪花節は。そんなものじゃ食って行けねえしな」 「囚われてんのはあんたの方なんじゃねえのか」 「うるせえ!ガキがわかったようなこと言うんじゃねえよ。黙って言う通りにしねえと、てめえの相棒とやらがどうなるか、」  こちらへ向いた長崎の目が、驚きに見開かれた。  鈍い音がして、部下の男たちが中尾の部下に倒されていく。 「ったく、あんなところにのこのこ顔出しやがって、手間のかかる野郎だな、手前ぇは」  湊に銃を突きつけていた男を難なく倒した中尾が、ぶつぶつ言いながら拘束を解いてくれるのを、湊もまた驚愕の目で見ていた。 「どうして……」 「あの八重子って女、何者だ。……礼を言っとけ」 「え………」  まさか八重崎が、何かしてくれたのだろうか。 「中尾、どういうことだ」  長崎が怒りのこもった低い声で中尾に問う。 「どうもこうもねえ。俺はもともとあんたの部下でもなんでもないし、しかもあんたは俺のシマを奴らにくれてやろうなんて言ってたらしいじゃねえか。松平組はいけ好かねえが、俺のシマに手を出す奴はそれ以上の抹殺対象だ」  肩を竦め、倒した男から奪い取った銃口を長崎に向けた。 「クッ……どいつもこいつも、」 「形勢逆転だな」 「どうだか。引き金を引きゃお前だけは道連れにできる。期待をかけてる次期組長候補を失えば、あの男もさぞかし意気消沈するだろうよ」  今にも引き鉄が引かれそうで、心臓が嫌な音を立てて跳ねる。  湊が飛び出していきそうな気配を感じたのか、中尾が腕を掴んだ。 「(竜次郎……!)」  銃声が、廃寺に響いた。

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