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第111話

 楽しげな笑い声が広い和室に響いている。  雪見障子の向こうには高い塀に囲まれた日本庭園ではなく、青々とした山がパノラマに広がっていた。  その山々が都会にはない闇に包まれた今、松平組御一行様は、松平金御用達の温泉旅館で目下宴会中であった。 「え、えーっと……」  接待は得意分野なので、いつもお世話になっている組の人達にお酌をしようと思っていたのだが、何故か乾杯をして宴会が始まるなり強面の男達に囲まれてしまい、視界には差し出された徳利や酒瓶の口がずらりと並んでいる。 「さ、湊さんもたくさん飲んでくださいよ。何なら今回は(俺たち)二人の新婚旅行みたいなもんですからね」 「おい、今の括弧書きの中がよく聞こえなかったんだが、もう少し大きく発音してもらっていいか」 「やだなあ、代貸、空耳ですよ、空耳。よっ!新郎!日本一!」 「………………」 「ささ、湊さんどうぞ」 「あ、ありがとうございます……」 「いやいや、たくさん飲んで、ほろ酔いのポロリとか、人違いで起きる間違いとか期待してまぶファッ!」  怒りの代貸様の一薙ぎで、みっしりと男たちに塞がれていた視界がクリアになった。 「兄貴、なんで殴るんすか!貸元にも殴られたことないのに」 「何でてめえらは今ので殴られないと思ってるんだよ!」 「酷い!訴えてやる!」 「パワハラ!」 「うるせえ!」 「だ、大丈夫かな……」  始まった乱闘(上司からの一方的な教育的指導)をハラハラしながら見守るしかできないでいると、金が手招きをしているのが目に入り、そちらへと移動する。 「いくつになっても落ち着きがねえな、あいつは」 「すみません、俺のせい?で……」  ため息混じりの金に、湊もどういう事態なのかよくわからないがとりあえず謝りながらお酒を注げば、その厳しい顔が少し和らいだ。 「まったくうちの竜にはもったいないくらいのお人だな、お前さんは」 「止めなくて大丈夫ですか?」 「いつもこんなもんだ。放っとけ」  確かに事務所でもいつもこんなノリのような気もしなくないが、自分達にとってはいつもの光景でも、旅館に迷惑をかけていないかどうかは心配だ。  ただ、金がいいと言っているのに、湊が気にしているのも失礼かと思い直し、干された酒を再び注いだ。 「……何か不自由してねえか」 「はい。竜次郎にも、皆さんにも、よくしていただいています」 「あれに言いにくいことは日守に言え。遠慮はいらねえ。お前さんももう家族だからな」 「あ……ありがとうございます。色々と、至らないところはあると思いますが、よろしくお願いします」  改めて頭を下げると、老侠客は微かに唇の端を持ち上げた。 「至らねえのはあいつらの方だろうが。まあ気を長く持って付き合ってやってくれ」  言葉の裏で、もう逃げるな、と言われた気がする。  湊は弱いので、また逃げたくなってしまう日がくるかもしれないが、こんな風にここにいろと言ってくれる人たちの言葉を忘れずにいたい。  表情を引き締めて神妙に頷くと、「真面目だな、お前さんは」と笑われてしまった。  夜が更けて、益々盛り上がる酒席を竜次郎と共に辞した。 「だいぶ飲まされてたな。大丈夫か?」  金との対話に、ある意味お客様を相手にするよりも緊張していたので、二人きりになれたことにほっとしてふかふかの布団の上に転がると、竜次郎は酔っ払ってしまったのだと思ったのだろう。その傍に座って、気遣うように頭を撫でてくれる。  お酒にはあんまり酔わないから平気、と言いかけて、酔っぱらったふりで少しくらい甘えてもいいのではないかという目論見が脳裏をよぎった。……そんなことを考えてしまうあたり、少しは酔っているのかもしれない。 「ん?あ、おいこらイタズラすんな」 「俺、酔っぱらってるから……」  うつ伏せのまま、上半身をずらして竜次郎の足の間を陣取ると、目的の場所に手を伸ばした。浴衣なのではだけるのは楽だ。竜次郎に止められても、『酔ってる』を免罪符に手を止めることはしない。 「ん……っ」  下着から取り出したものにちゅっと口付け、ぺろぺろと猫のように舐める。不思議な触感だなと思う。自分にも付いている器官だが、当たり前だが舐める機会などない。  育ってくると口の中を満たしたくて、あむっと咥え込んだ。  竜次郎が小さく息を飲んだのが伝わってきて、もっと気持ち良くなってほしいと舌を絡めながら頭を上下させる。 「ったく、お前は……」 「ん、う……?」  喉をくすぐられて、視線だけを上に向けると、僅かに息を乱した竜次郎が苦笑していた。 「一旦離せ」 「あ、やぁ…、」 「すぐくわえさせてやっから」  口の中をいっぱいにしていたものを取り上げられて泣き声をあげる湊をひょいと持ち上げ、体勢を入れ替えてしまう。  仰向けになった竜次郎の上に反対向きで覆いかぶさるような格好だ。  自分の目の前が竜次郎の下半身ということは、逆もまた然りということで。 「あっ!竜次郎、ダメ……!」  両手で割り開かれた場所に吐息がかかり、ぬるりと温かいものが這う。  未だ結ばれたままのそこを、つつき、解きほぐすように舌で舐られると、力が抜けてへたり込みそうになる。  しかも、竜次郎の頭の脇についた両足を固定するように回った手に腰を掴まれているため、体格差もあって湊の方は咥えられるほどのリーチが得られない。 「いや、あ……っいじ、わる……っ、あ、だめ、なか、舐めちゃ……っ」 「んっ……お前が先に始めたんだろ。一緒にしようぜ」 「だっ……おれ、できな、」 「頑張れ」 「りゅうじろ……っ、や、ァッ」  竜次郎を咥えていた時に既に勃ち上がっていたそこは、少しの刺激で限界を迎え、竜次郎の体を汚してしまった。 「早えな」 「……ごめ、なさ……、だって……、竜次郎が、いじわるするから……」 「ちゃんとお前にもさせてやっただろ」  させる気なんかなかったくせに……。  すん、と鼻をならすと、宥めるように太腿に口付けられる。 「もっといっぱい気持ちよくしてやるから機嫌直せ」  湊の腰を持ち上げて足の間から体を起こした竜次郎は、すぐに湊の唾液で濡れた先端を、自分で解きほぐした場所へと押し込んだ。 「あ……!」  ずる、と太いものが中へと入り込む。  心よりも先に体がその悦びに反応して、迎え入れるように開いた場所を更に拓かれて、困惑して縋るように「りゅうじろう」と名前を呼んだ。 「どうした……?」 「っ……や、きもち、い……」  ふるふると震えながらシーツを掴む。  奥まで押し込まれたら、激しく抜き差しされたらどうなってしまうのだろうと不安で、振り返ろうとした頭はぐっと腰を進められたことで布団へと沈んだ。 「あっ!」 「もっと気持ちよくなっていいぞ。お前のエロい声、いっぱい聞かせろ」 「あ……!や、っあ、あっ!あぁ…っ!」  大きなものが、湊の中の、擦られると声が出てしまう箇所を何度も行き来する。  段々、それがどこなのかが分からなくなり、竜次郎の触れているところ全てが気持ちがよくて、延々と続く絶頂に近い快楽に、思考が真っ白に塗りつぶされていく。 「っも、りゅ、じろ……っ、」  しにそう、と半泣きで訴えたのに、背中にキスを落とす竜次郎からは「もうちょい頑張れ」と無慈悲な一言をいただいた。  背中にぽたっと垂れた汗にも感じてしまい、ひくひくと体を震わせる。 「明日は、一日寝ててもいいんだもんな」  今夜は加減しねえぞと耳元で宣言されて、不安と期待で背筋が慄いた。  いつもそうして欲しいと思ってはいたが、果たして正気と体力がもつだろうか。  湊はその夜、少しだけいつもの『煽るな』の意味が分かった気がした。

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