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Repaint Black
深く深く眠っていた。目覚めていた時のことが思い出せない程に長い時間眠らされていた。どこまでが夢で、どこからが現実なのか、クロウには最早区別はつかなかった。強制的に起こされて、ハッキリしないままに外に連れ出される。
そこは戦場だった。黒づくめのたくさんの兵が朧気な敵に襲い掛かっている。あちらこちらであたたかい光が炸裂し、黒づくめ達がヘドロとなって消滅していく。視界に色はない。モノクロの世界の中央に立たされ、背中に激しい鞭が飛ぶ。強いられるままに己の力を解放し、溢れる光を喰った。これ程激しく戦闘が行き交っているのに音も無い。風も感じない。感覚が無い。光が体内に入り込むとあたたかさだけが感じられた。何も考えられない、虚無だ。敵か味方かの判別もつかないまま、ぼんやりとその光景を眺めている。隣にいる女は一々鞭でこちらの身体を打ちながら何かを喚いているように見える。
つまらない。
漠然とそう感じた。何の刺激もなく何も湧いてこない。何故自分がここにいるのか、それすらも意味が見出だせない。退屈過ぎて欠伸が漏れた。永遠に眠っている方がずっとマシだ。そう思った。
不意に隣の女が突然吹っ飛ぶ。見覚えのあるような戦闘スーツに身を包んだ何人かの戦士がこちらに目掛けてくる。棒立ちのままでいると攻撃される訳ではなく腕を掴まれた。あたたかい。そう感知した瞬間に腕を引かれ、駆け出される。景色が猛スピードで流れていくのを追い切れなかった。
「オニキス!!」
そう呼ばれて目が覚めた。いつ眠ったのか全く分からない。覚醒した目を見開くと沢山の顔ぶれに見下ろされていて、心臓が跳ね上がった。
パープル、グレー、スカイブルー、レインボー…ピンクの傍らにブラックが居る。
これまで遠くから眺めているだけだったレンジャーの面々がそこに集っていた。囲まれている事に驚愕して言葉が出ない。跳ね起きて固まっているオニキスをスカイブルーが測定器のレンズ越しに見つめる。
「これ、数値がゼロっていうことあるのかな…」
そして不穏な言葉を漏らす。
「壊れてるのかも」
レインボーが深刻なムードを濁そうと無理に笑う。
「そいつは信用出来ないんじゃないのか。敵側に居ただろう」
少し離れた場所に座っていたゴールドが口を開いた。訝しげにこちらに視線を向けている。誰も否定出来ない事実に皆閉口する。空気が更に重く沈んだ。オニキスはこれまで自分が何をしてきたのか、ぼんやりとしながらも自覚が無いわけではなかった。今ここで消されたとしても、決して文句は言えない立場である事を痛い程理解していた。自分はリンリーなのだ。
「彼は私が潜入させていただけだよ。敵の情報を探るためにね」
ブラックがピンクの淹れた珈琲を悠長に啜りながら応えた。オニキス自身も驚いてブラックの方を見やる。
「然し、我々のちんリウムを、」
言い掛けたゴールドの台詞を手を翳してブラックは制した。
「それが彼の持つ力だ。だだそれだけの事。敵の目を欺く隠れ蓑にはうってつけじゃないか」
飄々と語るブラックに誰も反論することは出来なくなる。
「違う、俺は…リンリーだ」
オニキスは絞り出すように告白した。さっきから頭痛がして全く治まらない。
「アンタを倒す為の対抗兵器として規制組織に作られたんだ」
ブラックが溜息を漏らす。ピンクにティーカップを返しながら立ち上がった。
「ならばどうしてリンリーと戦っていたんだい?グリーンから聞いているよ」
肩に手を置かれてオニキスはブラックの顔を見上げた。どことなく顔立ちが似ているような気がした。
「分からない…」
項垂れた瞬間にフロアの扉が乱暴に開いた。
「市内の近くにリンリーの気配を探知!近隣の書店が襲撃されている!」
イエローが声を張り上げる。アジト中に知らせて回っているのか、そのまま走り去る。部屋に集まっていたレンジャー達は直ぐ様部屋を後にしていく。
「君は休んでいた方がいい」
部屋を最後に出るパープルが静かにそう告げて、フロアの扉を閉めていく。静まり返った室内に一人、オニキスは蹲っていた。
カンサーが三体も集結している。
コ・ホゴー、ドートク、HOLY2
襲撃した書店を黒く塗り潰し、何の罪も無い市民の気力を吸い取っている。
「沢山の気を搾り取り、性への好奇心や過剰な欲望を根絶やしにするのだ」
低く響く声で中心のドートクが号令を掛ける。リンリー達が街にも蔓延ろうと一斉に駆け出した。
先陣を切っていたレンジャー達が迎え撃ち、後から駆け付けた仲間も直ぐ様戦火に塗れていく。一番後列からパールホワイトと茜がカンサーの左翼、コ・ホゴーを狙い撃つ。戦力を散らす戦法か、同時にアクアマリンとマルーンとがHOLY2と対峙した。割られた勢力の中央をブラックが凄まじい勢いで爆進していく。ガキンと鈍い音が響き渡る。ブラックのちんリウムのオーラとドートクの黒い覇気がぶつかり合った音だった。互いに引く事なく拮抗する。
「司令自ら参られるとは…流石ですな」
バリトンの声でドートクは嗜める。余裕綽々とした物腰で足元を踏み締めた。
「ブラック!!」
ピンクが叫ぶ。割れた床のヒビから真っ黒なヘドロが湧き出し、一瞬にしてブラックを包み込みオーラごと覆い隠してしまう。ブラックからヘドロを引き剥がそうとピンクが手で掻き回すも、ピンクをも黒く塗り潰そうとヘドロはボコボコと増殖する。
広がる黒はリンリー達をも飲み込み覆い潰していく。そして身を翻してかわそうとするレンジャーを追い詰めていく。最悪な事態だった。この戦場は狭い室内…どんどんと逃げ場が狭められていく。カンサーらは全く攻撃の手を緩めない。戦いの最中でも、ヘドロに襲われた仲間を救うためにレンジャー達は力を割かれてしまう。足をヘドロに飲まれたブルーを救おうと必死で手を引くレッド。ヘドロに飲まれたクリスタルを手探りで必死に探すグレー。レンジャー側は完全に劣勢となっていた。ヘドロから抜け出す術が見つからずに逃げ惑うしかない。ついに壁際に追い詰められる。
レンジャーの前に立ち並び今にも仕留めようと威圧する三体のカンサー。睨み合う両者の緊張を揺らがせるヘドロを踏みしめる足音がビチャビチャと反響して響いた。そして音の発生源として皆の視線を集めたのはクロウだった。
「とどめを刺しに来たか、クロウ。ついに変態共とさようならだな」
コ・ホゴーが高笑いをする。言われるでもなくブラックファルスを解放し、残ったレンジャー達のちんリウムのエネルギーを吸収していく。苦々しいレンジャー達の表情を、一人一人辿りながらクロウは見つめる。ちんリウムの力を奪われ膝を折っていくレンジャー達に、カンサー達は皆下劣に笑い出す。体内に満ち満ちたあたたかなエネルギーに、クロウは意識を集中する。体の中でその力を凝縮し抑圧して……遂に爆発させる!
「オープン バックバウンド!!!!(袋綴じ開封) 」
クロウが叫び放ったちんリウムエネルギーの激しい爆発はレンジャーでは無く、三人のカンサー達に直撃する。その凄まじい威力にひどく身体を抉られた三体は、倒れ込みそうになりながらもワープ能力で慌てて逃走していく。爆風でヘドロも室内の天井や壁に飛散し、カンサーが去って間もなく消滅した。埋もれたレンジャー達は無事であった。
カンサーと同じブラックスーツだったクロウは、レンジャースーツを纏ったオニキスの姿に戻っていた。床に落ちていたコ・ホゴーの短鞭を拾い上げると、真ん中からバキリとへし折る。
「規制…?それじゃつまらないんだよ…」
最後にオニキスは呟いた。
戦闘が終わり撤収するレンジャーの中に既にオニキスは居なかった。怪我を負ったものに誰かが肩を貸し、皆がアジトに戻っていく。
「あれ?グリーンが居ない…」
先日の戦闘で怪我を負い、療養していた筈のグリーンがアジトのベッドにいない事に、戦いから戻ったイエローは気付いた。そのベッドのシーツには黒いような赤いような血液のシミが微かに滲んでいた。
Repaint Black
END
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