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Dark Star
今日も深夜に頭痛がして目覚めた。その悪夢はあの研究室を逃げ出したときからずっと見続けている。
透明な壁に隔たれた観察室に閉じ込められている自分
手術台で味わった強烈過ぎる痛み
耳元で激しく糾弾され塗り替えられていく自我
そして、遂にレンジャー達と対峙し、彼等から非道にもちんリウムを奪い取っていく自らの姿
何処までが現実で、何が夢なのか境界線が分からなくなる。ハッとして目覚め、ひどい動悸に襲われる。ガクガクとぶれて定まらない感情と記憶とアイデンティティに焦りばかりを感じていた。まだブレている視界で布団を抜け出し、ガラスのコップに水を注いだ。張り付くような喉の渇きから、水分にガッつく。気を落ち着かせるために深く深呼吸すると必要以上に脱力してコップを床に落としてしまう。割れた破片が飛び散って微かに手を掠めた。
切れた手元の皮膚から滲むのは赤では無かった。いつから変化してしまったのか、じわじわと小さな水粒を作る液体は光を吸う漆黒色だった。自分の身体の中をこれが流れている。霞んだ過去の記憶と悪夢と、現状と…日に日に見えないものに追い詰められて足元がグラグラと崩れ始めていた。
リンリーが襲ってくる。
いや、リンリーを自分が襲っている。それすら分からなくなる。逃げ惑うリンリーを追わなければ、自分は戦う必要など無いのではないか…。そんな気がしてくる。背後に現れたグリーンが追ったリンリーの排除に加勢しようと身を翻している。そんな肝心な場面に置かれているというのに、オニキスは目的を見失ってしまう。ダラリと両腕が下がり、攻撃が疎かになる。隙だらけになったオニキスの身を案じたグリーンが叫ぶ。繰り出されるリンリーの攻撃を避けるでも無く、フラフラと立ち尽くしていた。
既の所でリンリーの動きが止まる。どこからともなく何体も湧くリンリーの集団の中央に、いつの間にか一際大きな影が立っており、リンリー達の操作を担っているのか手のひらを広げた状態で腕を真っ直ぐ掲げている。
「こんな所にいたのか…」
オニキスはその姿に見覚えがあった。
…カンサー…規制組織の中でハッキリとした意思を持ち、幹部として働く存在だ。姿が一貫しているリンリーとは違い、その容姿は様々で個性すら持っている。
「希少な感染者の迎えでわざわざ出向いたのだが…まさかお前を見つけるとはな…」
カツカツと小気味いい靴音が響く。オニキスのすぐ眼前まで来たカンサーは手にしていた短鞭の先でオニキスの顎を掬った。この声にも聞き覚えがある。何度も何度も聞いたような気がする。冷徹で響く女性のような声だ。このカンサーの名は、「コ・ホゴー」
「出来損ないだったくせにまさか逃げ出して我々の手を煩わせるとは…悪い子だ」
淡々と言いながらコ・ホゴーは鞭を振り翳し激しくオニキスの頬を打つ。パーンと凄まじい破裂音が響き、鞭の衝撃でオニキスの頬が裂けた。そこから溢れ出る黒い液体にコ・ホゴーは「ほう」と笑みを浮かべる。
「躾の間は何の兆候もなかったというのに、やっと仕上がってきたようだ…お前は変態共の司令塔を模して我々が作り出した貴重な兵器だ。そちらに居ても心苦しいだけだったであろう。さぁ、もうこの母の元に帰るがいい」
険しかった声色が急に緩む。傷んだ頬をコ・ホゴーの手が撫で回しては、黒い手袋に流れた黒が混ざる。
「オニキス!!」
増え続けるリンリーとの戦闘に追われながらグリーンが後ろで叫ぶ。呆然としたままオニキスはコ・ホゴーに手を引かれていく。
更に駆け付けたレッド、ブルーのレンジャーがグリーンを加勢し始める。その光景を振り返れば、コ・ホゴーがオニキスに密かに耳打ちした。
ファルスを解放し湧き立つ力を発揮する。その瞬間に色とりどりのちんリウムのオーラが、高速回転するオニキスのファルスに吸収されていく。黒いオーラが色を食いマッドブラックに塗り潰していく。
「ブラックコートリヴァイス!!!(黒塗修正)」
自ら抑圧していた変態オーラの本来の力を初めて発動させる。それはやはり、理想として描いていたものではなかった…。身を覆っていたレンジャースーツが姿を変える。それはカンサー達と同じ、光を吸うブラックスーツだった。
「とても良く出来ました。良い子だ、クロウ」
クロウ、規制組織では確かにそう呼ばれていた。ぼんやりと霞んでいた記憶が少しずつ浮かんで来る。力が抜け苦戦を強いられては苦しげに喘ぐレンジャー達を一瞥し、クロウはコ・ホゴーと共に帰還していく。
「オニキス!!行くな!!!」
ワープが完了する寸前に呼び声にひどく揺さぶられてまた振り返る。然し空間の穴はすっかり閉じてしまった。
Dark Star
END
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