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「スタート」 5
<二年後>
「いつまで寝てるんだよ!初日に遅刻する気か?勇人!お・き・ろ!」
目覚まし以上に大きな声。もうすぐ布団をはぎ取られて腕を引っ張られる。本当はとっくに目が覚めているけれど、僕の世話を焼く彼を見ると安心するから寝起きの悪い振りをしている。
両手を引っ張られベッドから起き上がった僕は彼の身体にもたれて抱きついた。
「おはよう。朝から甘ったれだな」
「石さんが僕を甘やかすからだよ。おはよ」
彼は細かいところまでよく気が付く。だからといってやりすぎることはない。彼の言う「口をだす」は意見だったり助言であって小言ではない。「手をだす」はこうして朝起こしてくれたり料理を作ってくれたりといった日常のことで、僕の行動を制限したり矯正するものではない。
友達になった彼に恋心を抱くのは必然だった。彼は疎遠になった弟の代わりだと言い続けたけれど、僕の気持ちが変わらないことをわかってくれて受け入れてくれた。
彼のおかげで僕は自分のことを認めることができたし、変えられない自分を恥じることをやめた。息がつまって死んでしまいそうな不安は去り、未来を明るいものにするのは自分自身だということを教えてもらった。
彼は特別な人だ――兄であり、友人、そして恋人。
「新社会人。ビシビシしごかれてこい。帰ってきたら俺がベタベタに甘やかしてやる」
「パンチのきいたチリビーンズが食べたい」
「まったく、いつも言っているだろうが。煮込み系は当日より翌日のほうが旨い」
「じゃあ日曜日」
立ち膝になって顔をあげると笑顔の彼が僕にキスをする。これが僕にとっての一日の始まり。彼とまた今日という日を過ごせる喜びのスタート。
社会人という肩書がついてようやく彼と同じフィールドに立てる。年上の彼の背中を追って、いつか肩を並べて歩きたい。
焦らずゆっくりでいい――彼と一緒にいる時間が長くなるように。
僕は彼を追い続ける――ゆっくり……少しずつ。
END
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