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第1話
「よし、と。大体片付いたな。あとは……」
こざっぱりとした部屋の中を見回し一息つけば、まるで大きなことをやり遂げた気になったけれどなんてことはない。元から大した荷物がなかっただけのこと。
とはいえ改めて自分の城だと見てみれば、この殺風景さも大人っぽさに感じるから不思議なものだ。
大学進学にあたって初めての一人暮らし。ワンルームのアパートは、築年数の割には綺麗であまり古さを感じないし日当たりも悪くない。二階建てアパートの二階だから上の住人を気にすることもなく、だから気になるのは隣の住人だけど、なんでも右隣は空いているらしくお隣さんといえば左隣だけになるらしい。
左隣、つまり一番奥の部屋。
なんでもそこだけ少し間取りが違って広いらしく、そこに男の一人暮らしと聞いたけどそれ以上情報はない。
「どうすっかな」
最近は引っ越した時にいちいち挨拶をしたりはしないらしいけど、こういうのは最初が肝心だと思う。ただ、黙っていると恐いと言われる目つきと水泳で鍛えられた威圧的な体格の俺が、普通はしないらしい挨拶に行って恐がられたりしないだろうか。
なにもしていないのに立っているだけで威圧的やらガンをつけているやら難癖つけられる俺が愛想よく挨拶をこなせるとは思えない。
どうしたものか。
色々と迷って用意したタオルの箱をテーブルの上に置き、隣の壁と交互に見比べて、結局なるようになれと立ち上がった。
日曜の昼間。いなかったらいなかったで諦めようと意を決してタオルを手に隣へと向かう。
左隣のドアには表札はついておらず、位置関係からして俺の部屋と逆の作りだと思われる部屋は、だけど確かに少し大きそうだ。角部屋だからだろうか。となると家賃も高そうだし、一体どんな人が住んでいるのか。
ドアの前で二分ほど逡巡して、それから息を吸い込んで、吐き出す勢いとともにインターホンを押した。
俺の緊張とは反対の、ピンポーンというどこかのんきな音が部屋の中に響く。
少しして、人の動く気配が伝わってきた。
居留守を使われるのならそれでもいいやと、もう一度だけインターホンを押して、自分の部屋へ戻る気でいたそのタイミングでドアが開いた。
「なに?」
覗いたのは、上半身裸の男だった。二十代後半くらいのイケメン。伸ばしっぱなしなのかオシャレなのかわからない黒髪と、鍛えられた上半身が相まって、撮影中のモデルのような雰囲気だ。
そのイケメンがねめつけるように俺を見て、面倒そうに頭を掻く。
「新聞ならいらねーけど」
「あ、いえ、俺隣に引っしてきた村坂 と言います」
頭を下げ、タオルを突き出すようにそのイケメンへ向かって差し出すと、妙な間ができた。
「……」
そっと頭を上げて見てみれば、なんだかきょとんとしたように目を丸められている。俺だったら大層間抜けな表情になりそうなところだけど、顔が整っているとそんな表情さえ絵になるのがずるい。
「あ、悪い。そういうことならちょっと待ってて。……おい、お隣さんだってよ」
どうも俺の存在がよっぽど予想外だったらしく、イケメンは手のひらを俺に見せるように掲げると、中に向かって呼びかけた。どうやら中にまだ誰かいるらしい。というか言い方からしてこのイケメンはお隣さんではないようだ。
声が聞こえなかったのかそれとも出られない事情があるのか、ともかく一度イケメンが中に引っ込み、代わりに出てきたのがきっと俺のお隣さんなんだろう、けど。
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