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第2話
「ごめんね、えっと、お隣さん?」
「あ、は、はい。村坂と言います。よろしくお願いします」
「わざわざ挨拶に来てくれたんだ? 大学生?」
そうやって微笑むお隣さんのあまりの予想外さに、俺は勢いで名乗ってからそのまま固まってしまった。
身長は俺と同じくらいだけど、オーバーサイズのニットの効果もあるのかやけに細く見える上に、大きく開いた首元が妙に色っぽい。剥き出しの脚は確かに男のものにやたらと綺麗だしとにかく長い。なにより顔がとても綺麗で、若干ピンクがかった緩いウェーブの金髪をハーフアップにしている辺り奇抜に見えそうなのにとてもよく似合っている。
美人だ。そうとしか言いようがない美人。
とはいえ女っぽいわけでもなく、むしろ少女マンガの王子様みたいなお隣のお兄さんは、黙ったままの俺を笑顔のまま覗き込み、「大学生?」ともう一度聞いてきた。だから今度こそ俺は慌ててこくこくと頷く。言葉がうまく出てこない。
「そっか。俺は春河 密 」
季節の春にサンズイの河に秘密のひそかだよ。
そう囁くように付け足して手を出してきたから、同じように手を出してぎこちない握手を交わす。
「はる……」
「密さんって呼んでね」
「ひ、密さん」
「うん。いい子。で、村坂なにくん?」
にこやかな笑顔のままの密さんは、俺が今にも逃げそうなのを察知してなのか握手した手を握ったまま。その手ももちろんしっかりとした男のものだけど、指がしなやかなのか不思議と嫌な感触ではない。
そして笑顔なのに何気に強引だ。
「村坂、颯太 です。颯爽の颯でそうたと読みます」
「かっこいい名前だなぁ。じゃあ颯太くん。これからよろしく。困ったことがあったらなんでも聞いてね」
そこでやっとホールドしていた手が解放されたけど、離す一瞬に残った指先が猫の尻尾を思わせて背中をぞくりとしたなにかが駆け上がった。
「おう、なんでも聞くといいぞ少年。密なら、お前の知らない世界のことをいくらでも教えてくれるからなー」
そこで部屋の中からさっきのイケメンの声が投げられて、密さんが露骨に眉をしかめる。そして中を振り返って同じように声を投げた。
「聡史 うるさい。あー颯太くん。アレは無視していいから」
「……お友達ですか?」
ここに住んでいる人はみんな一人暮らしだと聞いたから、あのイケメンはどうやら軽口を叩き合えるくらいの友達なのだろうと軽い気持ちで問えば、ゆっくりと首を傾げられた。それからさっきとは微妙に違う笑みが浮かぶ。
「うん、お友達だよ」
「まあフレンドだよな。フレンドの一人」
ぬっといった具合に密さんの隣から姿を覗かせたイケメンの聡史さんはすでに着替え終わっていて、密さんと俺の横をすり抜けて外に出てきた。シンプルな白いシャツにごつい革ジャンは、モデルというよりホストの出で立ちのようだ。それにしてもわざわざ英語に直す辺り、帰国子女かなにかなのだろうか。
「俺帰るわ。んじゃお隣さん、ごゆっくり」
ひらひらと手を振って帰っていく様を見送って、それから自分がこの場に残っている理由がないことに気が付いた。いや、まだタオルを渡していない。
「あの、これ」
「わあ、ご丁寧にどうも」
タオルを渡す瞬間にまた手が触れて、思わず大げさに飛び跳ねてしまったら密さんにくすくす笑われてしまった。なんだか調子が狂う。
「そういえば颯太くん、昼飯食べた?」
「い、いえまだですけど」
「じゃあ近くのお店を案内がてら食べに行かない? おごるからさ」
挨拶を終えてすっかり部屋に戻る気でいた俺に笑いかけてくれる密さんの綺麗さに一瞬見惚れて、それから首を振って、思い直して「お願いします」と頭を下げた。
気を遣ってくれているのに断るのは失礼だし、なにより近所の店を教えてくれるのはとてもありがたい。
そんな俺の様子を楽しそうに見守っていた密さんは、「それじゃあ支度するからあとでまた」と俺に手を振ってドアを閉めた。どうも起きたばかりだったらしい。
閉じたドアに頭を下げて、俺も用意のために家へと戻った。そして部屋の中でやっとほっとして大きく息を吐き出した。
春河密さん。優しく気さくな美人のお兄さん。
……なんか、とてもいい人の隣に住んだかもしれない。
挨拶、行って良かった。
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