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第1話
「あ、本棚はその壁沿いで。ベッドは…こっちに横向きにおいてください」
ぼくの指示通りに家具が配置されていく。やはり多少の無理はしても引っ越しなどの大掛かりな作業はその道のプロに頼むのが一番だ。安全だしとにかく楽だ。おかげで今月は給料が入るまでもやし生活だけど。窓からさす陽射しを浴びながら背伸びをする。春の匂いを感じる。
「ついでに本も並べていきますか?」
声のする方を見ると作業員の一人が黒いマジックで本と書かれた段ボールに手をかけようとしていた。
「い、いや!大丈夫です!自分でやるんで!」
「は、はい…」
さて、あらかた片付いた。あとはこの壁一面に引き詰められた本棚、ここに隙間なくぼくのコレクションを詰めていく作業だけだ。ぼくのコレクション、それはこの段ボールの山。段ボールには全て黒いマジックで本と書かれている。あえてどの箱にどの本が入っているのかわからないようにしたのだ。途方も無い作業だがこれは苦じゃない。
とりあえず一番近くおいてある段ボールの封を切る。中にはびっしりと詰められた漫画。一冊手に取り表紙を見るとパステルカラーで風景が描かれ中央には俯いた男が二人、手をつないでいる絵が描かれている。
あぁ、これはサブカルBLの箱かぁ。
ぼくはホクホク顔で漫画たちを本棚の一番左の棚に詰めていく。
次の段ボールの封を切り、漫画の表紙を見ると挑発的な目線で見下す男性とカッターシャツがはだけた男性が涙を浮かべながらも反抗的な目をしている男性が見つめあっている絵が描かれている。
あぁ、これはガチエロBLの箱かぁ。
ぼくはまたホクホク顔で漫画たちを中央の棚に詰めていく。
次の段ボールの封を切り、漫画の表紙を見ると裸の男性が触手に嬲られ、いろんな液体でびしょ濡れになりながら泣いている絵が描かれている。
あぁ、これは人外BLの箱かぁ。
ぼくはまたホクホク顔で漫画たちを一番右の棚に詰める。
そう、ぼくのコレクションとはBL本だ。姉の本棚の奥に隠すようにおいてあった王道BL漫画「鬼畜コンタクト」との出会いが全ての始まりだった。ぼくは夢中になって他のBL漫画も読み漁った。王道からサブカルチャー、商業から二次創作まで。BLはぼくに世界の広さと可能性、そして無限の愛を教えてくれた。だけどぼくはまだ誰かのことを好きなったことがない。正直男女のセックスより男性同士のセックスの方が詳しいけど、別に男と付き合いたい、とか男としか付き合わないというわけじゃない。でもいつかはこんな風に誰かを愛したいし、愛されたいとは思っている。
何時間が経っただろう。とっぷりと夜も更けてしまった。整理していたはずがいつのまにか読書にうつつを抜かしてしまった。しかしもうこれは読書というよりも摂取と言っても過言ではない。多幸感。幸せが過ぎる故に逆に疲れを感じるこの感じ。特にオススメしたいのは「告白列車」と書いて「カミングアウトトレイン」と読むこの本!マイナーで知名度の低い作品だけど知る人ぞ知る名作だ。始発を出発して終点に向かう電車の中で巻き起こる男同士の出会い、別れ、そしてセックス!各駅で現れる個性豊かな恋敵たち!電車という密室空間で浮き彫りになる二人の本性!多くの乗客を気にも留めない縦横無尽なセックス!ストーリーも絵柄も百点満点中五千点!!!とにかくめっちゃすごい!!!あぁBL本を読んだあとは語彙力がなくなってしまう。
そういえばお昼から何も食べていないことを思い出し、財布を持って外に出る。と言ってもお金はないから適当に近くのコンビニで安いカップ麺でも買おう。鍵を閉め歩き出そうとした時、隣の部屋の扉が開いた。中から出てきたのはぼくよりも背の高い短髪の男性…って。ていうか。
「金田くん?」
「…伊藤」
引っ越し先のアパート。隣の部屋の住人は、高校時代の同級生。
なんだかとってもBLっぽい。
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