6 / 6
最終話
「知ってるどころかBL好きなんじゃない?」
「え?」
「だってそこ」
ぼくは中央の本棚を指差す。そう、ガチエロBLの本棚だ。読み方を知らない一般人なら告白列車の前に鬼畜コンタクトを並べるだろう。しかし金田くんは告白列車の次に鬼畜コンタクトを置いた。それは告白列車をカミングアウトトレインと読むことを知っている証拠であり、金田くんがBLを好きであることの何よりの証拠でもある。
「告白列車をカミングアウトトレインって読めるのはBL好きだけだよ」
「いや…」
まさか金田くんもBLが好きなんて。こんな近くに同胞がいたとは。
「BL好きなら言ってくれればよかったのに」
「ちげえよ」
「隠さなくてもいいよ、確かに他人には言いづらい趣味かもしれないけど」
「だからそうじゃねえって。BLとか興味ない」
「嘘言わないでよ、ぼく今すごく嬉しいんだ、こんな近くにBL好きがいたなんてぼく」
「違うって言ってんだろ!」
金田くんの叫びはぼくの思考を一気にかき消した。BLが好きじゃない?じゃあなんで告白列車のことを知ってるの?それに、急に怒って、なんだ?なにが彼の琴線に触れてしまったんだ?考えても考えても、目の前の金田くんのことがわからない。
「俺が好きなのは伊藤くんだよ…気づかないかな」
金田くんのつぶやきはまたもぼくの思考をかき消した。それに…伊藤くん?
「え」
「あの時、体育祭で伊藤くんが倒れて、俺が保健室に連れて行った時のこと覚えてる?伊藤くんが俺に言ったこと覚えてる?」
あの時のことは覚えているけど、なんて言ったかは覚えていない。ぼくはなんて言って…。
「きみは『金田くんって…まじで理想のスパダリだわー』って言ったんだ」
「…」
「…」
「…は?」
「そのまま伊藤くんまた寝ちゃって。俺最初伊藤くんが何言ってのかわかんなくて、家帰って調べたら、なんかもうすごい色々知っちゃって」
なんてことだ。ぼくは純粋な彼に薔薇の香りを教えてしまったのか。そして思い出した。遠い存在だった金田くんを初めて間近で見て、改めて彼がぼくの思う理想のスパダリだと思ったんだ。でもまさか口に出していたなんて。
「そこからだんだん伊藤くんのことが気になって、気づいたら好きになってて」
「なんで?」
「わかんないよ!そんなこと!」
金田くんの頬を涙がつたう。とても綺麗でおかしな涙だ。
「だけど俺、伊藤くんがゲイなのかわかんなかったし、俺自身男と付き合うのはいけないことだと思って大学4年間ずっと忘れようとした、女の子とも付き合った。でもできなかった。男の子ともできなかったし付き合えなかった。だって俺、BLが好きな訳でも男が好きなわけでもない。伊藤くんが好きなんだよ」
彼のまっすぐな告白がぼくの胸に刻まれる。ぼくは今初めて他人から好きだと言われた。そしてぼくは今初めて他人から愛されていたことを知った。
「だから俺、伊藤くんと付き合うために必死に研究した」
「研究?なにを?」
「BLを」
「BL…」
ん?…ということは。
「じゃあ隣に住んでるのも」
「そういう再会の仕方ってBLっぽいじゃん」
「痴漢から助けてくれたのも」
「BLっぽいじゃん」
「御曹司ってのは?」
「それは元々そうだけど。父さんに言って伊藤くんの会社と取引してくれるように頼んだ」
「夜景の見える高級レストランは?」
「スパダリっぽいじゃん」
じゃあ今までのBLっぽいってのは間違っていなかったんだ。正確にいうとぽいんじゃなくて本当のBLだったんだ。本当のBLってなんだ?BLを装っていたんだから正確には偽物のBL。偽物のBLってなんだ?そもそもBLってなんだ?哲学?思考のるつぼの叩き込まれそうになったがふと朝のことを思い出しぼくは無意識に自分のお尻を触る。
「じゃ…じゃあ、あのモブおじさんは?」
「モブおじさんオーディションをした」
「モブおじさんオーディション」
あまりにも破壊力のあるパワーワードに視界が揺らぐ。そんなぼくを逃さないように金田くんは両腕でぼくを掴んで離さない。
「悪いことしたとは思ってる。だけど…だけど!仕方ないじゃないか!そうでもしないと俺のことを好きになってくれないでしょ!高校生の頃、周りのみんなは、俺じゃなくて親の会社のことしか見てなかった。だけど伊藤くん、君だけはぼくを見ていてくれた。そうでしょ?ぼくは君がいないと何にもできない…俺はみんなからどう思われたっていい、でも伊藤くんには…伊藤くんにだけは…」
涙ながらの必死の告白。過去の想いの告白。独占欲むき出しの愛の告白。顔中が涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっている金田くんに当時の面影は残っていなかった。これのどこがスパダリだというんだ。いやぼくが勝手に思っていただけなのだけど。
だけど今はそんなことどうでもいい。
「やりたい」
「え」
ぼくは金田くんを抱きしめ唇を重ね、布団に押し倒す。漏れる息や少しアルコールの匂いがする彼の匂いの全てにぼくを上書きする。
涙を流す彼は重なるぼくの唇を剥がし呟く。
「付き合ってくれる?」
「ごめん、今そういうのどうでもいい」
ぼくも願っていた。いつか誰かを愛し、誰かに愛されたいと。それが幸せだとBL本たちが教えてくれたから。今ぼくの目の前にはぼくを愛してくれている人がいる。でもぼくがその愛に応えるからやるんじゃない。ただやりたいからやるだけなんだ。それもまたBL本たちが教えてくれたことだった。
目の前に泣いてるウケがいるのなら、黙って抱くのが最高のタチ、スパダリってもんだろ。
ぼくは夢中になって金田くんと交わった。金田くんはどこを触っても喘ぐ。そんな彼を見てぼくも興奮する。高校生の頃のぼくは見る目があったんだなと過去に想いを馳せながらぼくも金田くんもともに果てた。金田くんは行為が終わるとなにかの糸が途切れたようにぐっすりと眠ってしまった。そんな彼の寝顔を見てぼくは初めて愛しいと思った。他人を愛しいと思えた。今回は金田くんの中に入る前に果ててしまったから次はちゃんと一つになりたい。そう思いながらぼくは金田くんの腕と体の隙間に頭を入れて眠りについた。
しかしこの時のぼくたちはまだ知らない。男同士で一つになることが思っている以上に大変だということを…。
ともだちにシェアしよう!