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第5話

 目が覚めるとほのかに香る消毒液の匂いに気がついた。畳のような硬いシーツに寝ているぼく。あたりを見ると薄緑色のカーテンが四方を囲んでいる。 「伊藤くん、大丈夫?」  体を起こすと、金田くんが隣で小さなパイプ椅子に座っていた。 「びっくりしたよ、突然倒れて」  そっか。今日は体育祭だった。日頃から外に出ないぼくは強い日差しとなれない運動であっという間に貧血を起こし倒れたらしい。まだ体育祭が始まって1時間も立っていないのに。そんなぼくを保健室まで運んでくれたのがまさかあの金田くんだなんて。運動神経の良い彼は確か体育祭でもたくさんの種目にエントリーしていたはずだ。体育祭が終わった後のクラスメイトの視線が怖いな。金田くんだってぼくなんかほっておいてさっさと戻ればよかったのに。 「ごめんね。ぼくなんかのせいで」 「気にしないでよ。ほんとはサボりたかったんだ」 「え、種目たくさんエントリーしてたじゃん」 「みんなが推薦したり勝手に決めたりしただけだよ」 「そうだったんだ」 「だから、倒れてくれてありがとう」 「なんだよそれ」  そう言ってぼくは笑い、金田くんも笑った。ぼくはいつも見ていたはずの彼を改めてみる。彼の細い身体を見て、たくましい腕を見て、ガッチリした肩幅を見て、長い首を見て、すっきりした輪郭を見て、整った眉毛を見て、優しそうな目を見て、ぼくは思う。   「金田くんって…」  目が覚めると嗅ぎなれた芳香剤の匂いに気がついた。近所のホームセンターで買った安い芳香剤。匂いを脱臭するのではなくより強い匂いで打ち消そうとするこの芳香剤にはラベンダーの香りと表記されているが正直ラベンダーのラの字も感じない。そもそもラベンダーをちゃんと嗅いだことないし。最初は失敗したと思っていたが一週間も経つとニオイが気にならなくなっていた。 「大丈夫か?」  ニトリで買った安い布団から身体を起こすと、金田くんが隣で座っていた。お酒に酔って眠ってしまったぼくを部屋の中まで介抱してくれたのだろう。 「勝手に入った」 「いいよ。それより」  ぼくは金田くんに向けている視線をゆっくりと布団の枕元へと移す。金田くんもぼくの視線に気づきそれを見つめる。高々と積まれたBL本たちを。本棚を買ったが結局寝る前に読んだりするうちにだんだんと片付けるのがめんどくさくなり特にお気に入りのBL本たちは本棚に帰らずそこが所定の位置になっていた。これはもう言い訳できない。だって男同士で抱きしめあっている表紙なんだもの。裸で。 「キモいよね。男なのにBL読んでるとか」 「そんなことねぇよ」  金田くんはぼくの肩にそっと触れる。もう片方の手が布団の上に置かれ、ぼくと金田くんの距離はもう離れらえないほどに近づいている。 「お前が好きなものなら」  ん?あれ?なにその顔、金田くん?なんでトロンとしてるの?なんで身体をぼくの方に傾けてきているの?  なんだかとってもBLっぽい。  っとか言ってる場合じゃないねこれ。もうBLだね。自分の秘密を打ち明けて、受け入れられて、一人で抱えてきた不安や悲しみをこれからは二人で共有することを体現しているかのように、互いの肉体の境目が消えていくような熱い交わりが始まるこの一連の流れ。…ってぼくが抱えていたものってただBLが好きってだけなんだけど。でもいっか。初めてだけど。金田くんとならやってみても。金田くんは両方いける人なのかな?まぁ別にいいけど。  これからいかがわしいことが始まるというのに頭は冷静なままだった。  金田くんの体温を、そして体重を全身で感じる。腕を伸ばし、腰をくねらせ、足を絡ませ、頭を枕の上に載せようとして一旦彼の体を引き剥がす。 「ちょっと本片付けさせて」 「え、今」 「ごめん」  ぼくはそそくさとBL本たちを本棚に直していく。もしもプレイ中になんらかの液体で濡れてしまっては大変だ。もう絶版になっていて手に入らないものや通販サイトでプレミア価格がつく代物だってある。 「手伝う」 「ありがとう、アイウエオ順に並べてくれたらいいから」  金田くんは「告白列車」全5巻を並べ、その横に「鬼畜コンタクト」を置く。 金田くんは優しいな。プレイを遮るなんて無粋な真似をしているぼくの手伝いまでしてくれるなんて。 「よし、じゃあ」  金田くんは再び、ぼくの肩に手を置く。あぁ本当にやるんだ。多分ぼくがウケなんだろうな。経験はないけど多分大丈夫。だってぼくはこれらの本の数だけたくさんの交わりを見てきた。そう、このBL本たち…。 「待って」  ぼくは再び金田くんの体を引き剥がす。 「今度はなんだよ?」 「金田くん、BL知ってるでしょ」

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