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第7話

夏が終わり、秋風が吹き始め過ごしやすい季節になった。 学校の屋上から手摺りに寄りかかり裏庭で寛ぐ女子たちを蒼汰はニコニコ顔で眺めていた。万矢はそれには興味を持たず、百八八センチの自分より少しだけ目線を下げるだけで目線が合う位置にある蒼汰の後頭部や旋毛が可愛くて、蒼汰に与えられた手作りパンを頬張りながら、それをぼーっと凝視している。 「リコちゃんかわいいなぁ。いやユウナちゃんも、カナちゃんも……あーもうみんーなかわいいな。なぁ、万矢は、どんな子が好み?」 「……おまえ……」 「なんだよ?」 「だから、おまえみたいなアホっぽいの」 「なっ……万矢、おまえ失礼だなアホはおまえだろ」 「じゃあおまえみたいなアホっぽいかわいいの」 真っ白の肌がみるみる真っ赤になるのを綺麗だなと手を伸ばし耳から頬にかけて触れると、その手を払われた。 「こらっ、やめろ!真剣に、真面目に答えろ……こんな話になるとおまえはふざけたことばっか言いやがるんだ?」 もう限界だろう。今まで、蒼汰を怒らせるようなことを言って自分から逃げられるように逃げ道を作ってやってきた。曖昧な際どい言葉を選んでやって投げてきたつもりだ。だが、決定打を投げつけてやらないとこいつにはわからないらしい。これがおまえが逃げられる最後のチャンスだ。大きくため息を付くと一気に捲し立てた。 「飯美味くて菓子も最高だし、おまえとずっと一緒にいても疲れねーし、俺、表情全く変わらねーから何考えてんだかわからないってよく言われんだけど、お前といるといつの間にか笑ってんだ。いらねー世話してきてうぜー時もあるけど、まぁそれももう生活の一部になってるつーか。要するにお前のことが好きだってことだ。お前と同クラになってからヤバいくらいお前が欲しくて、練習二時間増やして体力消耗させてんのに最近は全然収まらねえ。だからあんま密着すんな。襲うぞ。わかったな」 言いたかったことを全部吐き出し、すっきりして蓮見の顔を見ると、目を見開き動かない。終わったなと短いため息を付き、最後にと、触り心地の良い頭をポンポンと撫で、ゴメンなと一言言い、その場から立ち去ろうと歩みを進めると、一歩も踏み出さないうちに腕を強い力で引っ張られ止められた。 「……待てよ……てめぇ、言いたい放題言いやがって……こっちはまだ何も返事してねぇだろ?返事も聞かねーで、まともに触りも、キ……キスもしねぇで、怖くなって逃げんのかよ」 なに言ってんだこいつバカか、せっかく最後の逃げ道を作ってやったのに、そんなこと言うならやってやると、万矢は蒼汰の体には触れずに近づき、顔だけ寄せ、唇が触れるか触れないかギリギリで止まると、瞳がぎゅっと閉じられ蒼汰の体が震えだす。 「無理すんな。震えてんじゃねーか。同意もなく無理矢理すんのはすきじゃねー」 「ビックリすっから急にすんなって言ってる」 こいつ本当に何言ってんだとか、急じゃなかったらいいのかと疑問ばかり浮かぶ。 「もう俺と無理して連まなくていい。可愛い女がすきなんだろ?」 「ん……だよ……なら、捨てられた犬みてぇな目で見るなよ」 「……そんな顔……してねぇだろ」 してないと言いながらも、しているんだろうことは自分でよくわかっている。 「覚えてるか?階段でオレのこと助けてくれたの」 どくんと心臓が鳴る。その時、俺は深い深い恋に落ちたんだと言ってやりたい。なんで、今頃その話が出てくるのかわからなかった。 「忘れるかよ⋯ってか、おまえ覚えてたのかよ」 「おまえ、あれからオレのことずっと避けてたじゃん?めっちゃくちゃ辛かったし……。二年で同クラになって嬉しかったけど、おまえはオレのこと、覚えてないみたいだったから……だからオレもおまえのこと、覚えてないふりしてた」 万矢は自分がしてきた行動で蒼汰を傷付けていたことに気付き自分で自分を殴りたくなった。 「渡したお菓子の中に連絡先入れてただろ?なんも来ないし……気持ち悪いって嫌われたと思ってた」 「俺にじゃねぇと思ってた。あの上野とかいうやつにかと……」 「は?上野部長のこと言ってんの?バカか。あの人はもう何て言うか雲の上の人だし!すげー見てて恥ずかしいくらいラッブラブな相手いるし!」 「誰だよ?おまえか?」 アホか、おまえの可愛い後輩くんだよと聞いて、上野と美波の謎が解けた。中学の時、塾が同じで知り合い、美波が万矢の道場に通っているのを知り、美波が万矢の話ばかりするから、美波は万矢のことが好きなんだと、上野は最近まで思っていたらしい。それで初めて上野と会った時、あの氷のような眼で見られたのかと納得する。 「てか、オレが、万矢のこと気になったの三年前からだし。オレ、中学途中まで空手やったんだよね。料理に専念したくてやめたけど。万矢とは対戦したことはないけど、見に行った大会で何度か見かけてた」 「うそ……だろ?お前だけ俺のこと知ってたとか……ずりぃ。はよ言えよ」 「し……知らねーよ!高校同じ学校だって気付いてから、ずっといつ渡そうかと毎日お菓子作って持っていってた。いいか?オレはふわふわした女の子がすきだ。料理人目指しだしたのもモテたいからだ!なのになんでこんな……ガチガチの筋肉馬鹿を好きになったとか⋯⋯もうほんとバカだし……もう」 蒼汰の口から「好き」という言葉を聞いて、万矢は手摺りに蒼汰の体を押し付け自分の体でサンドして動けなくし、俯いている顔を上げさせた。 「蓮見……俺のことどう思ってるかだけ、言え」 ぱちぱちと瞬きした瞳がすぐに俯き加減になり反らされた。すこし間をあけた後、薄い唇が万矢の欲しい言葉の形に開く。 「す……すき……」 俯いて伏し目がちだった蒼汰の潤んだ瞳が、万矢の目を真っ直ぐ捕らえてきて、ぶわっと体の温度が上昇する。 「万矢が好きだ」 「俺も、蒼汰が好きだ」 万矢の告白に蒼汰が嬉しくて堪らない時に見せる笑顔を見せてくれて、愛しさが溢れてくる。蒼汰は恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、万矢の肩あたりに顔を埋めてきた。 蒼汰を怖がらせないように、瞳を合わせたままゆっくり顔を近づけ、抱きしめたくてたまらなかった体に腕を回すと蒼汰は万矢のシャツをぎゅっと握りしめてきた。 いい?と耳元で囁くと、蒼汰がゆっくり頷くと同時に、薄い唇に近づいた。 「そうちゃーん、まやちゃーん、パンまだ残って…………」 柔らかい唇を名残惜しげに離す。中断させたあの声は雅貴だ。あの扉の位置からだとばっちりふたりが見えているだろう。ゆっくり音を立てないように扉が閉まる小さな音がした。蒼汰にも聞こえたと思うが、抵抗はなく代わりに、今度は蒼汰から、唇を合わせてきた。やっと手に入れたのに離してやるものかと、ふたりして、口付けを深くして、あまいにおいに咬みついた。 おしまい

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