2 / 5

第2話

 抑制剤のおかげか、十三歳から二十四歳までの間に、発情することは一度もなかった。避妊薬もずっと飲んでいたけれど、誰かに襲われるようなことも特になかった。  貴彦は国からの支援もあって、一流の大学に進学した。俺は高校を卒業してからはバイト生活だった。オメガはオメガである時点でまともな就職先がない。オメガを雇うのをみんな嫌がるからだ。  本来オメガは三ヶ月に一度ぐらいのペースで、発情期が来る。俺は抑制剤でむりやり抑え込んでいるので、まだ発情したことはなかった。  発情したオメガは手がつけられなくなる。調和を乱す。迷惑な存在。そんな風に思われてるようだった。  実際オメガが発情すると、アルファだけじゃなくベータの性欲も刺激するらしく、オメガの襲われる確率もあがる。考えただけでもぞっとした。  発情への恐怖から、強迫観念にかられたように、抑制剤だけは毎日きちんと飲んだ。ところ構わず発情するオメガの性質に憎悪すら湧く。悪い見本のようなオメガの噂や事件を聞くたびに、俺だけは絶対にそうなるものかと自分に言い聞かせた。  大学を卒業した貴彦は一流企業に就職した。それと同時に独り暮らしを始めたので、俺たちは自然と疎遠になった。バイトの安い給料しかもらえない俺は、実家から離れられない。格差を感じ、劣等感にさいなまれた俺は、自分から貴彦に声をかけることもなくなっていた。  対等だったあの頃がなつかしい。  そもそも俺たちは、初めから対等だったんだろうか。  年月が経つにつれて、だんだんわからなくなっていく。  いい職場に恵まれず、バイトを転々とするようになった俺は、脳裏にちらりとよぎるオメガの末路の話を思い出した。  すべてのオメガがつがいを見つけられるわけではない。  ただの性欲処理として扱われるだけのオメガだっている。  そんな風にされるぐらいなら、一生誰とも身体を重ねずに過ごしたい。  でも、すでに人生つまずき始めている俺に、未来なんてあるのだろうか。  実家の自分の部屋のベッドの上に寝転がってもんもんとしていると、スマートフォンの音が鳴った。  貴彦からのメールだった。 「三ヶ月経って、やっと新生活に慣れてきたよ。実家を出てから一度も来人とは会ってない気がする。俺から連絡するのもこれが初めてだよね。元気かな。抑制剤と避妊薬はちゃんと飲んでる? ずいぶん長い時間離れていたような気がするよ」  心配されるのは心地よかった。  俺が貴彦をわざと避けていることに、気づいているはずだ。だけどそのことには触れない。それが貴彦だった。言わなくても、俺が避けている理由もきっとわかっている。 「新居に遊びに来ないか? 都合のいい日を教えてくれると助かる」  俺はメールを読みながら瞠目した。  独り暮らしの貴彦の家に遊びに行く。そんなことは今まで考えたこともなかった。  貴彦はどういうつもりで誘ってきたのだろう。俺がオメガだから? 貴彦がアルファだから? 今まで考えもしなかった。俺と貴彦がそうなる可能性。  でも、まさかと首を振る。貴彦がそんな卑しい考えで俺を誘って来るとは思えない。純粋に、幼馴染みとして、友達として、変な意味じゃなく遊びに来てほしいだけかもしれない。  だけど、と打ち消す言葉が脳裏に走る。俺はオメガだ。だから怯える。アルファの貴彦をそこまで信用していいのか。  二人きりになるのが怖い。それが俺の正直な気持ちだった。

ともだちにシェアしよう!