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第3話

 貴彦が独り暮らしをしている高層マンションは、どこからどう見ても高級そうで、ああこれが一流の暮らしをしているやつの世界なのかと思った。  いつの間にこんな風になってしまったのだろう。十三歳までは同じような生活環境だったはずなのに。  また得体の知れない劣等感が俺を苦しめ始めた。たまたまアルファに生まれただけ。たまたまオメガに生まれただけ。それなのに、どうしてこんなに差が開いてしまうのだろう。  まだ二十四歳のくせして、こんなとこに住みやがって。  俺は実家から出る金さえもまだないっていうのに。  マンションのエントランスにはコンシェルジュがいた。ジーパンにTシャツという安っぽい服装の俺を見て、軽く眉をひそめる。 「何か御用ですか?」 「あ、いや……ちょっと友達に会いに」  貴彦の名を告げると、コンシェルジュが内線電話をかけた。 「では、あちらのエレベーターをご利用ください」  オートロックが解除され、エレベーターホールへと足を踏み入れた。  慣れない世界に肩がこりそうだ。これが貴彦の住む世界なのか。  貴彦が遠い存在に感じられて、少し寂しくなった。劣等感を刺激されたり、寂しくなったり、俺の感情が忙しい。こんな風に乱されるから、来るの嫌だったんだ。  十五階に到着し、貴彦の部屋の前に立つ。  チャイムを押す前にドアが開いた。 「来人、久しぶり」  反射的に俺は戸惑った。 「あ、久しぶり……」 「遠慮せずに入って。あ、コーヒー飲む?」 「う、うん」  案内されたリビングは広かった。また胸の奥で痛みがじくじくする。  俺の中の劣等感が刺激される痛みだ。  リビングのソファに座り、じっくりと室内を眺めた。置いてある家具も、家電も、みんな高そうなやつばかりだ。  アルファに生まれただけで、すべてが約束される。優遇される。  そこから見える景色はどんななんだろう。  コーヒーをテーブルに置いた貴彦が、向かい側に腰掛けた。  身のこなしもどことなく優雅で自信に満ち溢れている。  いつから貴彦はこんな風になったのだろう。  十三歳までは俺たちに差なんてなかったのに。  居丈高なわけでもなく、俺を小馬鹿にしているわけでもない。貴彦の俺を見る眼差しは昔と変わりなく優しい。わかってる。俺が一方的にやさぐれているだけだ。 「来人は、抑制剤を飲み忘れたことってある?」  意味深な表情で貴彦がそんなことを言い出した。 「ないよ。どうして?」 「これまで発情経験は?」 「ないよ。そのための抑制剤だし」  貴彦がソファの上で足を組み、膝の上で手を組んだ。 「実は、俺もずっと抑制剤を飲んでいたんだ」 「え?」 「言ったことなかったけど」  貴彦が自嘲気味に笑った。 「どうして?」  俺は不思議に思って問いかけた。アルファも抑制剤を飲むなんて知らなかったからだ。 「俺たちアルファは、オメガの発情に影響される。我をなくすんだ。どうしようもないほどに脳が狂って犯したくてたまらなくなる。それを抑えるための抑制剤だ」  はっきりと言われて、俺はぎくりと強張った。  貴彦はさらに話を続ける。 「俺も抑制剤を飲み忘れないように毎日気をつけてた。だから、まだ狂ったことはない」 「そ……そうなんだ」  貴彦は俺に何を言いたいのだろう。不穏な何かを感じて、内心で身構えた。

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