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第4話

 貴彦は少し疲れたように笑って、まっすぐに俺を見据えた。 「正直な話をすると、俺はどこの誰だか知らないやつに欲情したくないし、セックスもしたくない。興奮する相手も、つがいにする相手も、自分で選びたい。発情するオメガすべてに反応するなんて嫌なんだ」 「……どうして、俺にその話を……?」 「わかるだろ? ここまで話せば」  貴彦の眼差しに少し熱が帯びる。俺は内心で慌てた。 「来人、一日だけでいい。抑制剤を飲むのをやめてみないか?」  その言葉は、ある意味、俺にとっては死刑宣告と同じだった。  発情しないために必死で生きてきたのに、すべてを台無しにされるような言葉だった。  感情が揺れ動く。泣きそうになるのを必死でこらえた。 「ひ……どい。それって貴彦の都合じゃねぇか。俺の、俺の気持ちは? ああ、アルファだからか。望めば望み通りに生きられるアルファだからか。俺の都合なんて無視して、おまえさえよければいいのか」 「そんなことは言ってない」 「言ってるよ!」  俺は声を荒げた。涙が溢れ出してくる。  貴彦からそういう目で見られていたなんて。ずっと対等の、友達でいたかったのに。 「来人、俺は聖人君子なんかじゃない。いつもいい顔しか見せてこなかったけど、腹の中ではドロドロとしたことも考えてる。もしおまえが抑制剤を飲み忘れたらどうなるんだろうって何度も考えた。他のアルファに犯されるなんて許せなかった。だから十三歳のあの日からずっと、できる限り俺はおまえを見張ってた。誰かに手を出されたりしないように。他のやつらを牽制してたんだ」  そんなの知らない。  俺は知らなかった。 「来人、よく聞いてくれ。運命に逆らうなんて無理なんだ。誰かとつがいにならない限り、一生抑制剤を手放せないままだ。俺は、誰かとつがいになるなら、おまえがいい。他の誰かじゃなくて、おまえがいいんだ」  それは、愛の告白だった。  プロポーズだった。  だけど、いきなりすぎる。俺はおまえからそんなことを言われるなんて、微塵も思っていなかった。  どうしたらいいのかわからない。  動揺と混乱で感情がぐちゃぐちゃだ。 「来人が俺をそういう目で見てないことはわかってる。でも、俺が限界なんだ。やっと大人になったし、就職もした。立派な社会人になった今しかないと思った。今の俺なら、来人の人生の責任も持てる」 「まだ、相性とかもわからないのに? もし違ってたらどうすんだよ」 「違わない。俺にはわかる。運命のつがいはおまえなんだ、来人」  貴彦の眼差しは眩しいほどにまっすぐで、これまで俺が内心で抱えてた羨望や嫉妬や劣等感はいったいなんだったんだろうと思った。  俺はこいつにはかなわない。すべてにおいて。  負けを認めるしか、なかった。

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