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 電線にからすが止まっている。飛び立つ瞬間、糞を落とした。べしゃっと路面を汚したがやはり誰にも当たらない。みんな慣れている。この糞もすずめが突つくだろうかと思う。  ノンちゃんと組んで交通量調査のバイトをしている。仲御徒町駅を出入りするひとびとを、男女別、年齢別にカウントしてゆく。簡単だ。二分で飽きた。ノンちゃんは交代で休憩中で、からすを見ていたらいま通ったのが男だか女だか年寄りだか若者だかわからなくなり、ぜんぶひとりずつ増やしておいた。ノンちゃんはこういう単発のバイトをあれこれまわしてくる。気が向いたらやることにしている。  Tシャツが擦れて乳首がむずがゆかった。このところノンちゃんがおれの胸にむしゃぶりつくせいだ。「睦郎は経験豊富だと思ってけっこう格好つけてたけどこれからはめっちゃ甘える」、ノンちゃんはわけのわからない宣言をした(いったいどこらへんが格好つけてたんだ?)。  たとえば朝、ノンちゃんは寝ているおれのTシャツをめくり、勝手に胸に吸いつく。くすぐったさに起こされる。わかっていてもおれはまいどイライラする。頬をつねるがノンちゃんは懲りない。 「睦郎のおっぱいおいしい」 「どこがおっぱいだよ」  中年のしなびた胸の何が面白いんだ。同じ男にしたって、もっと鍛えてるとか太ってる奴のほうがしゃぶりがいがありそうだ。わからねえ。でもノンちゃんが目を閉じて熱心にそうするものだから、放っておく。舌の先でこねくりまわされるとじわじわ甘い痺れが広がり、おれもその気になってしまう。甘えられているような気もしてくるのであたまをなでてやる。  じいさんにあたまをなでてもらったことを思い出す。しわやシミの目立つ骨ばった指が、櫛でとかすみたいに何度もおれの髪を行き来した。やさしい指で、あたまも背筋もぞわぞわ痺れた。その真似だ。  でもノンちゃんはでかい体の元気なハタチなので、あたまをなでるだけでは済まない。 「睦郎、ちんちんもよしよしして」 「どうしようもねえ犬ころだな」  髪を梳きながらちんぽをしごいてやる。ノンちゃんはうれしそうにおれに体をあずける。ときどき耳が詰まると言うので、そういうときもあたまをなでてやる。抱っこしてくれと泣かれれば、落ち着くまでじっと体を抱いてやる。  休憩を終えたノンちゃんが戻ってきた。 「こら、さぼってんだろ」  ぼーっとしていたのが見つかり、小突かれた。 「……他人の性別だの年齢だの決めてかかって記録するなんて、ひでえ仕事だと思わないか?」  屁理屈をこねてみる。ノンちゃんはまばたき、やがてニコニコ笑った。 「睦郎は優しいからなあ」  どこがだよ。ノンちゃんはほんとうに見る目のないばかだ。  ……それでもノンちゃんは、いずれおれに飽きるだろう。おれが二十歳のころ夢中だったものはみんな消え失せた。世の中から、あるいはおれの中から姿を消した。とくべつ憎しみあうようなことにはならなくても、たとえばセックスに飽きれば、ノンちゃんとは続かないと思う。でも友だちにはなれるかもしれない。おれの好きだったパワーパフガールズは今風の絵柄とシナリオでリメイクされた。ときどきおれがラクガキするので、ノンちゃんはブロッサムとバターカップの名をおぼえた(バブルスは忘れがちだ)。  帰り道、果物屋の横を通った。やはり子どもらや観光客たちが、割り箸に刺さったくだものをかじっていた。  このあいだおやじが三十万振り込んでくれた。しばらく実家を出てやってみるつもりだと電話したら金を寄越した。おふくろは米を送ると言っていた。ノンちゃんと一緒にいることは曖昧にした。  三十万。なんともいえない額だが引越し費用にはなるか? ひとりでか? ノンちゃんも一緒に? 都心からちょっと離れれば、それなりの広さのところがある。もうちょっとまじめなバイトも始められる。でも、めんどくせえな。  部屋の窓を開けノンちゃんがVAPEを吸っている。やたらに甘い煙が、布団の上のおれまで届く。 「これ、なんのリキッド?」 「メロンとバニラ」  ノンちゃんはおれに口づけ、煙を口の中に流し込んだ。ノンちゃんの息とまざりあい、味はよくわからない。たしかめるためにもう一度キスをねだった。  このようにして、おれはメロンを得た。三十万はぜんぶスロットに突っ込むことに決めた。 了

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