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じいさんとホテルから出たら、ノンちゃんと出くわした。偶然ではない。金のないおれがウリに走るとノンちゃんは予想し、ホテルの前で張っていた。のか? たしかに男同士で咎められないホテルは数少ないというが、にしたって、できすぎじゃねえか。おれが上野公園でぼんやり座っていた時間まで計算に入れていたと? ともかくノンちゃんはおれを探し当てた。かしこいわけでも偶然でもなく、ノンちゃんのバイトのほとんどがそうであるように、たまたまだ。野良犬のカンだ。ノンちゃんは叫んだ。
「ふざけんなよ、なにやってんだよ!」
思いきり振りかぶっておれを殴った。横っ面に拳をぶち当てられ、おれは派手にふっとんだ。
「睦郎のばか」
ノンちゃんは泣きそうな顔をしていた。泣きたいのはこっちだ。メチャクチャ痛い。手をついたアスファルトが熱かった。這いつくばったので、路面に同化しまっくろになったガムのかすと目があい、ああ、おれたちはなんてきたねえ道を歩いているんだ。どこかの店から流れ出した油が、アスファルトにいびつな虹のしみをつくってぎらついた。
「……なんだよ、ノンちゃんだってどこの誰ともわかんねえ奴とさんざんやってるんだろ」
「やってない! あれは手コキまでで、おれは最後まではしないって決めてんの!」
知るかそんなルール。なんだこの状況は? 痴話喧嘩じゃねえか。「あらら」、じいさんがのんびり言った。苦笑していた。
「僕は肩たたきしてもらっただけなんだけどね」
さっきじいさんに買われた。あんた小学生からやり直しなと言われ、肩や腰をもまされ五百円もらった。おれの力加減がへたくそだと文句を言われた。練習してこいと、その場で肩たたき券を作らされた。クロッキー帳と鉛筆を渡されたのだ。なんか描いてごらんなさいと、それを肩たたき券としようじゃないかと、くっだらねえ茶番だ。おれとじいさんはベッドに寝そべって、たがいの顔や手足や、スケッチしあって遊んだ。まあそれで打ち解けて、ハグとかキスはした(ついでに一発抜いてもらった)。
ノンちゃんは言った。
「うそだ」
「うそだと思うんならそれでいいよ。勝手にどうぞ」
じゃあねとじいさんは去った。ノンちゃんは追わなかった。もとより怒りの矛先はおれに向いている。こいつ、浮気したら本人を追い詰めるタイプだ。めんどくせえ奴だ。ノンちゃんが言った。
「なんだよ」
おれは黙ってノンちゃんを見上げていた。ノンちゃんはいまにも泣き出しそうだ。ひとを殴っておいてなんて顔だろう。こいつは簡単に暴力を行使できる。門が開くのを待たない。おれとはぜんぜんちがう。門のあっちもこっちも関係なく、考えるより先に体が飛び出しちまう。若いからでも、肌の色がちがうからでも、父親が米兵だからでもない。こいつがばかだからだ。おれは言った。
「痛い」
おまえに殴られたところが痛い。とてもとても痛い。たしかに密室でのできごとを信用しろだなんて言えない。説明するつもりも打ち明けるつもりもない。でもいきなりグーで殴るのはひどいだろ。なんなんだ。
「すげえ痛い」
「だって睦郎が……」
ノンちゃんは言い、ことばはすぐに途切れた。ほんとうに、おれたち石器時代に生まれてりゃあよかった。生まれた瞬間からほとんどぜんぶまちがっている。さっさと首をくくるべきだ。それがいやなら布団かぶって寝ちまうのがいい。誰とも関わらず。
「――ゆるして」
でもおれの口は勝手にしゃべっていた。おまけにぼろぼろ涙がこぼれた。アスファルトに手をついたままで、まるで土下座だ。
「おれを捨てないで。ゆるして」
泣きながらノンちゃんにすがりついていた。ごめんなさい、ゆるして、見捨てないで、別れたくない。ありとあらゆることばですがった。まったくそんな気はなかったのに、どうしてだ? 別れたくないって、ばか、おれはいつからノンちゃんとつきあっていたんだ。別れたくないと言ったことにより、おれはノンちゃんとつきあっていることになっちまった。どうしようもねえばかはおれだ。
「もうしないから、ゆるして」
涙はいくらでもあふれ、鼻水まで垂れた。ノンちゃんはしゃがみこんでおれを抱き寄せた。
「なんだよ急に怒ったり泣いたり……。生理か?」
「……更年期」
ノンちゃんは笑い、おれの涙をぬぐった。
「してないんだろ?」
こいつはまだおれを信用しているのか。ほとほと呆れる。うんざりする。でもため息のかわりにおれはしゃくりあげていて、ノンちゃんにきつく抱きしめられていた。おれも腕をまわした。
「してない」
セックスまでは。泣いたって肝心なことは言わない。ばかのうえにずるい。自覚はある。きっとこいつだって、そのあたりはわかっている。
ノンちゃんはおれのあたまをぽんぽんなでた。
「おれもぶってごめんな」
そうしてノンちゃんにおぶってもらって帰った。落とさないようにサンダルは手に持った。今度は道行く人にじろじろ見られた。おれがべそべそ泣いていたからか? 殴られた顔だったからか? あるいは、同じような犬二匹で歩いているのがめずらしいのかもしれない。
「あ、はあ、あっあっ……、だめ、だめぇ」
ノンちゃんはおれのケツの穴を舐めている。しわをひとつひとつ伸ばすみたいにしつこくだ。きっとおれのアナルはふやけちまっている。音をたてて吸われ、背骨にむずがゆいものがびりびり走った。
「ノンちゃんもうだめ、いっちゃう」
顔のすぐ横に膝がくるほどひっくり返されている。まんぐり返しじゃねえか。たっぷりと唾液で潤ったそこはだらしなくゆるんで、奥を抉ってほしくてたまらない。きんたまを口に含んで転がされた。女よりひどい声で鳴いた。つま先がぴくぴく震えているのが自分でもわかった。
「ええ? もうちょっとがまんしてよ」
ノンちゃんは呆れたように(しかし満足げに)笑い、舌をねじこんだ。ずるりとこすれた。
「やだ、やだ」
ぐりゅぐりゅと舌先でかき回され、しかし強い刺激は奥までこない。たまらず腰を振ってねだったが、ノンちゃんは浅いところをばかていねいに広げるばかりだ。自分の指を突っ込もうとしたらノンちゃんに制された。なだめるみたいにあたまをなでやがる。
「仲直りエッチしてんだからさあ、ちんぽ入れるまでイくのがまんできない?」
ノンちゃんはおれを抱き上げると、つむじやひたいにキスを落とした。こいつ、倍以上歳上の男相手に、たいした奴だ。
「べつにケンカしてねえもん……」
「なんだよ、おれはけっこう焦ってたのに」
膝の上に乗せられ、すっぽり腕の中におさまっている。熱い肌と汗のにおいにくらくらした。
「慣らしたらちゃんとハメてあげるから、な? 今ゴム切らしてるから手マンしづらいし、おれ口でするの好きなんだよ。いいだろ?」
「……なんで指にはゴムつけたがるのに、ケツ舐めはできんの?」
ノンちゃんはきょとんとした。
「ゴムかぶせたほうがやりやすいじゃん。爪ひっかかったらかわいそうだから、ゴムする派なんだよ。おれ、睦郎のこと大事にしたいんだよ」
勝手な理屈だ。イミがわからねえ。言っていることもやっていることも、おれには理解がむずかしい。わからねえ相手となにをどうしたらいいのだろう。これまでまともな友だちや恋人がいなかったからさっぱりだ。
さんざん好きにされた。焦らされすぎてあたまがおかしくなりそうだった。さっきよりもみっともない泣き顔を晒してやっと、ノンちゃんはおれの穴にちんぽをあてがった。
「すげーえろいよ。睦郎のケツ、ひくひくしておれのさきっぽにちゅっちゅってしてる。わかる?」
「わかるから、早くしろよ、もう」
熱くて太くて硬いものがほしくてたまらなかった。甥っ子相手におれはなにをやっているんだ。でもそんなことはどうでもよかった。ただおれとノンちゃんという体がとっくみあっている。ノンちゃんは口をとがらせた。
「もっとかわいくおねだりしてほしい……」
無茶言うな。かわいい奴がほしけりゃ、こんな四十過ぎの無職を相手にするのがまちがいだ。おまけにばかでうそつきのろくでなしだ。先走りのあふれるちんぽで、ゆるんだアナルをつつかれる。張り出した雁首が穴の周りの毛をこすった。
おれはノンちゃんを見上げてつぶやいた。
「……いやなことたくさん言ってごめん」
ノンちゃんはゆっくりまばたいた。深い眼窩の底で目玉がくろぐろ濡れていた。
「おれ、ノンちゃんの傷つくことたくさん言ってるだろ。あとからしまったって思うこともあるけど、たぶんじぶんで気づいてないのがいっぱいあると思う。ごめんな」
つまり信号待ちでホテルに誘ったノンちゃんの真似だった。タイミングを見計らい、いま謝ったら許してくれねえかなあと思って言っている。
「いいよ、もう」
ノンちゃんは言い、おれのまぶたに口づけた。目尻をぺろぺろ舐めた。
「たぶんおれも、睦郎にいやなことしてるだろ。ごめんね。あっ、ツイッターは鍵アカにしてツイ消ししたから、許して」
そうして自分のちんぽの先と、おれのちんぽの先をくっつけた。
「仲直りのキス」
「げーっ。ばかっぽい」
小さく口を開けた亀頭がぬらぬらすべる。キスだとしたら、おたがいよだれを垂らしすぎている。
さっきじいさんに抜いてもらったため、おれはちゃんと勃起できず、皮に引っ込みつつあった。情けないちんぽだ。ノンちゃんは自分のと一緒に大きな手のひらで包み、やさしくしごいた。
「ほら、ちんぽとちんぽでハグ。仲良くしようぜって言ってるよ」
「おれとちんこは別人格なのか? ケツは?」
「ぜんぶまとめておれのもんだから安心しな」
ノンちゃんはおれを抱き寄せた。強い腕だ。おれのもんだなんて、二十歳の浅はかさにうんざりする。けれど振りほどく気は失せているので、いよいよおれはだめかもしれない。ノンちゃんが言った。
「おたがいさまだよな。いちいちケンカしような」
「いちいちやりあうのはめんどくさい……」
「いっぱいエッチしてやるからそこはがんばれって」
深く口づけられ、唾液も汚れた呼気もまざりあう。ほだされている。ばかみたいだ。それともおれが知らなかっただけで、世の中の惚れた腫れたはみんな、勘違いとなりゆきの産物か?
「……入れるね」
やがて低い声で告げられた。押し倒したおれの足を思いきり開かせると、一気に体重をかけてきた。
「うっ、ああっ、あ――」
ねじこまれたとたん、きんたまがぎゅっと上がった。あたまのなかがチカチカ明滅し、おれのちんぽはあっけなくはじけていた。半勃起だったからとろっと小さく垂れただけだ。それでもノンちゃんに掴まれた両膝はがくがく震えていた。
「すげえ、入れただけで漏らしちゃったの?」
ノンちゃんは目をまるくした。
「めちゃくちゃうれしいよ、おれ」
おれの中でノンちゃんのちんぽはいっそう硬くなる。びんびんに反り返り、おれの肉をえぐった。
「んっ、ううっ」
「まんこキツキツ。ほんとにちんぽが好きなんだね」
ずりずりと奥へ擦りつけられた。イッたばかりの体に刺激が強い。腹の上で萎えたちんぽがだらしなく転がった。ノンちゃんにしごかれ、悲鳴を上げた。
「やだ、もう立たないから、」
「ちんぽおしまい? 今日ぜんぜん勃起しないじゃん。エッチすんのやめる?」
「いや、抜かないで」
「ちんぽふにゃふにゃなのにエッチしたいのかよ。ほんとにおまんこじゃん」
ノンちゃんはにやにや笑った。
「睦郎はすけべだなあ。ねえ、おれのちんぽって、歴代カレシで何番目くらいにでかい?」
おまえはカレシなのか? いや別れたくないって言っちまったのはおれだしな。さっきもそんな流れにしちまった。どこから何を言えばいいのかわからなかった。腹の中を圧迫する肉棒の熱さにあたまはどろどろに蕩けていた。
「……ノンちゃんのしか知らないからわかんない」
「は?」
「おれ、男とエッチするのノンちゃんが初めてなんだよ。ほかの男は知らない」
「マジで言ってんの? おれとしたのが初めて?」
言うんじゃなかった。ノンちゃんは大げさに驚き、ちんぽをハメたまま枕元のスマホを取った。
「うそだろ、こんなエロいのが処女なわけあるかよ」
——『イくイくイく、イっちゃう、もっと、もっといっぱい掘ってぇ……』
このあいだの動画だ。ちんぽをぎっちりくわえこんだケツ穴が、抜き差しするたび精液で白く泡立っていた。こんなものを全世界に公開しやがって、ろくでもねえ。
「ほんとのほんとに処女? おれ、睦郎のヴァージンもらっちゃったってこと?」
四十過ぎた男相手に、処女だのヴァージンだの、なんなんだ。呆れてそっぽを向こうとしたら、両手で頬を包まれた。やけに真剣な顔でノンちゃんがおれを見つめた。
「それってさ……、睦郎はおれのために処女守ってくれてたってこと?」
そんなわけあるか。ほんとうにどうしようもないばかでうぬぼれだ。ケツの中でちんぽはどんどんでかくなる。腹の中いっぱいに埋め込まれている。
「そうだよ。おれの処女、ノンちゃんにあげようと思って、ハタチになるの待ってたんだ」
心にもないことを言っている。ノンちゃんはばかだからわからなくて、すっかり喜んでおれを抱きしめた。べたべたと舐めまわすみたいに口づけ、興奮しきったようすでおれの奥を抉った。
「あっ、こら、ああっ」
体のいちばん奥だ。体の外からも中からも抱かれている。境目がわからなくなる。そうだった。体も、心の中も、しゃべっていることも、おれはじぶんでじぶんがわからない。ひとのことがわからないのと同じだ。じぶんも他人だ。それならなにが起きても仕方ない。
「あっ……、やだ、ああっ」
「おれも睦郎が好きだよ」
「だめ、さっきイったばっかりだから、そんなにしちゃだめ、いや」
「睦郎の中、ぎゅーってなってる。ちんぽ溶けそう。やばい、おれもすぐイっちゃうかも」
ズンズンと突き上げられる感覚がたまらなかった。腹の奥が切なくて内腿が痙攣した。
「もうだめ、なんか出ちゃう、出ちゃうって――」
びりびりと電流が走った。すっかり萎えたおれのちんぽから透明な液体があふれた。勢いはなく、だらだら垂れた。
「ううっ、あ、ああ……やだ……やだぁ」
「すげえ睦郎、潮吹いちゃってんじゃん」
潮? ノンちゃんはおれのちんぽをなでた。
「なんかうれしょんしてるみたいでかわいい」
ノンちゃんはひたいに汗の粒をはりつかせていた。たくましい体が、おれと抱き合って雄のにおいをまきちらしている。ふうっふうっと獣の息で言われ、おれは体ぜんぶでノンちゃんにしがみついていた。
「もうイく、おまんこイっちゃう……!」
すっかり熱に浮かされていた。中にほしい、種つけしてとねだったら、ノンちゃんはいっそう強く腰を打ちつけてきた。交尾を遂げようとする雄だ。獰猛なちんぽが腹の奥を容赦なく攻め立てた。
「あっ、あっ、ううっ、ああ——!」
「睦郎、好き、好きだよ」
おれの中でノンちゃんのちんぽが爆ぜた。どくどくいうのがわかった。しっかり奥で注ぎ込まれ、ザーメンが体の内側を満たしていく。おたがい汗びっしょりで、きつく抱き合いながら深いキスをした。二人とも舌を出し、しっぽを振る犬だった。
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