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第1話
「カズ兄」
どうしてこんなことになったんだ。
和明は全速力で走っている。だが、前に進むたびにどんどん呼吸が乱れて苦しくなる。
それでも走らないと追いつかれてしまう。少しでも遠くへ逃げないと。
どうして、今更。会うんだよ
偶然、見学を申し込んだフィットネスクラブのロビーでもう二度と会うことがないと思っていた異父兄弟の『葛葉圭吾』と再会をするなんて。
「カズ兄」
圭吾は和明を呼び、近づいてくる。その声は記憶の中の『圭吾』とまるで違う。
別人、他人。そう思うのに、名前を呼ばれた和明は、反射的にジムから一目散に逃げ出した。
だが、運動をしていない体はすぐに悲鳴をあげる。呼吸が乱れ、その場にうずくまるが、ひどくお腹が痛い。
(ごめんね。お願いだからいい子でいて)
お腹を撫で、やり過ごそうとするが。痛みは消えない。
まるで自分を責め立てるように痛みは続く。
「カズ兄。大丈夫」
背後から声が聴こえる。もう追いつかれてしまったか。逃げることも出来ず、
正面に回り込まれ、視線をあわるようにしゃがみ込んだ圭吾を見るしかない。
……本当に、どうしてこうなってしまったんだ?
目の前にいる男なんていらないのに。だって圭吾は自分の中にいる。
子宮なんてないからっぽの腹の中で『圭吾』という名の胎児を飼い殺しにしているのだから。
目の前に『圭吾』がいる訳がない。
「カズ兄」
甘えを含む媚びた声。思い出したくないのに。覚えている。忘れられない。
結局今も昔も『圭吾』に支配されている。愚かな母親か。
本当にどうしてこうなるんだ。
(僕はただ、幼い『圭吾』の母親でいたいだけなのに……)
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