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side master 1
「あー!コンビニ弁当サイコー。カップ麺の麻薬的な旨さサイコー!」
オレはコンビニ弁当とカップ麺という、いつもの夕食をすませて満足げに満たされた腹をさすった。
最初は違和感があった味も、何回かすると問題なく食べられるようになった。特にカップ麺のジャンクな味がくせになる。
大学進学を機に、アパートに一人暮らしを始めて一か月。
セルフサービスの学食、ナイフとフォークを使わず食べるハンバーガー、電車の乗り方、すぐ隣に他人が住んでいる住宅事情……などなど多少のカルチャーショックはあったものの、大学の友人の助けもあって慣れてきた。
一般的な若者ならば知っていて当然のことに関して無知すぎて不思議がられたが、「よほど田舎から来たんだな」ということで納得された。
最初は不安があった新生活だが、始めてしまえば慣れるもんだなー。
ペットボトルをあおって炭酸飲料を飲んでいると、
ピンポーン
チャイムが鳴った。
「あーはいはい。今出るんで、ちょっと待ってください」
大きめに声を張り上げて、オレは立ち上がった。オレの住んでいるアパートはモニターつきインターホンではないので、誰が来たのかはドアを開けるまで分からない。
鍵を解除し、ドアを開く。
ちらりと見えたのはお日様のような、金色。
嫌な予感がしたオレは、すぐさま開きかけたドアを閉めようと力を込めた。が。
「周防さま、私から逃げられると本当に思ってらしたのですか?」
「ひっ」
閉めるよりも早く、わずかな隙間によく手入れをされた黒い革靴を差し込められる。がっとドアをつかまれ、無理やりこじ開けられた。
「お、おま……! どうしてここに」
オレの嫌な予感は的中した。そこに立っている非の打ち所がない金髪碧眼のイケメンは、オレの世話係の流伽・エドワード・ローズベリー。イギリス人の父と日本人の母を持つハーフで、両親の代からオレの実家で働いてくれている。五歳年上の二十三歳。オレの実の兄は年が離れすぎて接点がないので、兄よりも兄のような存在だ。
「取りあえず中に入りますね? 近所迷惑になりますので」
有無を言わさず家の中に入ってくると、勝手知ったる他人の家で、ずかずかと入ってくる。
きょろきょろと周りを見渡し、失礼極まりないことを言い放つ 。
「……狭いですね? 犬小屋かと思いました」
「うるせー」
眉をしかめてオレはソファーにどかっと座る。確かにオレの実家の使用人部屋より狭いと思うが。
六畳の一DK。正直親父にこの部屋をあてがわれた時、オレもあまりの狭さに驚いたけど。「一般的な大学生の一人暮らしはこんなものだ」と親父に言われ一応納得したし、(そもそも出資者である親父にオレは逆らえない)友達の家に行ったとき、親父の言う通りこれがスタンダードだと知った。
「オレの居場所は、家のやつら全員に口留めしてたはずだけど。誰だよ、口を割ったの」
親父や兄貴は言うとは思えないし、母さんか使用人だろう。使用人の中でもこの住所知ってるのは一握りのはずだが……。苦々しい口調のオレに、流伽はにこやかに返す。
「執事頭に。強情でしたね。ひと月かかりました。大好物の満月堂のプレミアム栗饅頭を一週間毎日差し上げるという条件で」
「若林のやつー……!」
あのじじい……。饅頭でオレを売りやがって。
「それにしても相手を確認せずに開けるのは不用心ですよ? だいたい周防さまが住まれる住居にしてはセキュリティーが貧困すぎます。せめてこの近所のタワーマンションくらいでないと……」
「あーうるせぇ! タワーマンションなんかに、一般的な大学生は住まねぇの! 何のためにオレが一人暮らししていると思ってるんだ!」
一般人の生活を体感するため。
そのためにオレは大学進学を機に、一人暮らしをしたいと親父に進言したのだ。日本有数の大企業の社長である親父を持つオレは、一般的な同年代の感覚とはずれている自覚があった。
つねづねオレのことを世間知らずの次男坊だと懸念していたらしい親父は、すぐに承諾してくれた。そして一週間もしないうちにアパートを見つけてくれた。
そしてオレが世間ずれしている一端は、世話を焼きすぎてくれる流伽のせいだと親父も思っていたらしく、新しい住所と大学は流伽に伏せていてもらったのだが……。
速攻バレてんじゃねーか。
親父に言った理由は建前で、本当の理由はこいつと離れたかったからなのに……。
「親父からも一人暮らししたかった理由は聞いてんだろ? 茶の一杯でも飲んだら戻って仕事しろよ」
「いいえ! 戻りません! 旦那さまの許可はいただいております」
しっしっと追い払う仕草をしたオレに、きっぱりと答える流伽。
「お前が実家にいた時と変わらずオレの世話焼いてたら、一人暮らし始めた意味ねーだろーが!」
「僭越ながら、自立した生活をされているようには思えませんが?」
「うっ」
物の散乱した部屋や、カップ麺やコンビニ弁当をじろじろ眺める流伽に痛いころを突かれ、オレはひるんだ。
「この現状を旦那さまに報告したらすぐご実家に連れ戻されるのではないでしょうか? そしてご結婚でもされない限りご実家からでられないでしょうねぇー」
(うっ)
確かに親父の出した条件は学業も、家事もきちんとすることだった。この現状を知られたら流伽の言う通りになることは想像に難くない。
そして実家に戻ったら今まで通り友達とつるめなくなるに違いない。実家なんか絶対呼べない。よそよそしくなるのが目に見えている。
「しばらく私が一緒に暮らすのはどうですか? それまでに周防さまが私を不要だとお思いになったら、大人しく屋敷に戻ります」
「うう……。けどお前、寝るとこなんてねーぞ」
一部屋しかないからな。子供の頃なら一緒に寝たこともあったが、今の流伽と一緒に寝られるはずがない。……色々な意味で。
「私はソファーで休ませていただきますので、お気遣いなく」
「そうかよ」
こいつの長身でソファーに寝るのはしんどそうだけど、本人がいいって言っているんだからいいだろう。
「それで? どうされますか? 私はどちらでも構いませんよ? 場所が変わるだけで、周防さまのお世話ができますしー」
そうだよなー。どうせこいつと一緒にいなくちゃいけないのなら……。
「……分かった。お前がここに暮らすのを許可する」
「ありがとうございます!」
苦渋の決断をしたオレに、眩い笑顔を向ける流伽。
くっ……!イケメンの笑顔販促だろっ。
「そのうち追い出すからな!」
「その間に周防さまに、私が必要だと認識させればいいだけですので」
にこやかな笑顔を振り舞く流伽。
ふんっ。今のうちにほざいてろ!
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