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第2話

昨晩。 子供に対しての愚痴を吐きまくっていた俺は、現在ゲロを吐いていたりする。 自分の酒量を無視し、無計画に飲んだツケだ。 ううっ……。 頭痛い……。気持ち悪い……。 キレイに磨き上げられた洗面台を汚してごめんなさい。 後でちゃんと掃除しますんで、許して下さい。 心で詫びながら、胃の中のものを吐き続け、胃液しか出なくなったところで床にへたり込んだ。 ここは何処だろう? 佐藤さんと飲んでいたから、佐藤さん家? だとして、何で他人のトレーナーを着ているんだ? しかも、ノーパンで。 確か佐藤さんはネコで、俺もネコ。 過ちが起きたとは考え辛い。 なら、パンツ脱がないといけないような粗相をやらかしたのだろうか? もらし……。いや、それはない! と、信じたい。 ささみママの店を出てからの記憶がなく、うんうん唸っていると、洗面所の扉が開かれた。 現れたのは佐藤さん……ではなく、見知らぬ美中年……。 どちら様ですか!? もしかして、酔った勢いで誘っちゃったの、俺? つまり、ノーパンってそういうアレ? いやいや、だとしたら下半身に違和感がないのはおかしいし……。 「大丈夫かい?」 なんて、低音のイケメンボイス。 腰にクる。 「シャワー浴びるなら、そこのボタン押せばいいから」 美中年さんの指先を追うと、ボタンがいくつか並ぶ小さなパネルがあった。 今更だが、汗とアルコールとゲロの臭いで、酷い状態だな、俺。 「シャワー浴びるのがしんどいなら布団に戻るといい」 「あ、あの……」 「ん?」 「シャワーお借りします」 「タオルと着替えを出しておくよ」 美中年さんが扉を閉めるのを見届けると、俺は直ぐに浴室へ入った。 タバコの移り香や何やらを熱いシャワーで流し、浴室から出ると籠にタオルと新品の下着一式。そして下ろしたてのジャージが入っていた。 着替えを済まし、濡れた髪をそのままに浴室を出ると、物音がする部屋へ向かい、歩く。 美中年さんいるかなと、そっと扉を開けば……テレビで見るような金持ちのお部屋があった。 部屋、広っ! 天井、高っ! テレビ、デカっ! 壁のはめ込み式の棚には色々な酒が陳列されているし。 無駄に大きいソファが五つもある謎の答えは、来客用? 一度に何人来るんだ? 未知との遭遇にプチパニックを起こしていると、魅力的な低音に呼びかけられた。 「味噌汁くらいなら飲めそうかい?」 「え?」 「二日酔いといったら、味噌汁だと思って作っておいたんだが、どうかな?」 多分。確実に、金持ちである美中年が、俺のために味噌汁を作っている状況。 何? 何が起こっているの? 「無理そうかい?」 「いえ、頂きます!」 そそくさとカウンターキッチンへ受け取りに行くと、ニッコリと微笑まれた。 「おかゆ、食べるなら作るよ?」 「滅相もない! 味噌汁だけで十分です!」 美中年さんに言われ、テーブル前に正座して待っていると、味噌汁が運ばれてきた。 「ソファに座ればいいのに」 「いや、その、床に正座の方が落ち着くんで」 「痛くなったら、脚、崩すんだよ」 そう言って、美中年さんは正面ではなく俺の隣に座った。 何故にパーソナルスペースを侵す!? 居心地の悪さを誤魔化すように、味噌汁に口を付ける。 「あちっ…」 「急いで飲むからだよ」 楽しそうに笑う美中年さん。 お願いですから、あまりこっちを見ないで下さい。 ドキドキして辛いです。 美中年さんと目を合わせるのが恥ずかしくて、味噌汁を飲む事に専念していると、直ぐにお椀の中は空になった。 どうしよう。何か話した方がいい? でも、何を話せばいいのか……。 「そう言えば、まだ名前を名乗っていなかったね。僕は沢渡仁。君は?」 「あ、俺……じゃなくて、私は南青葉と申します」 身体を佐渡さんに向き直し、背筋を伸ばすと勢いよく頭を下げた。 「そんな畏まらなくていいよ。楽にして」 いくら優しく微笑まれても、それじゃあと脚を崩す訳にもいかない。 正しい姿勢で正座していると、やはり楽しそうに笑われた。 「ところで、何でここにいるのか分かっているのかな?」 「お恥ずかしながら、記憶が……その……」 「君自身の考えは? 何でここにいるんだと思った?」 「それは……」 俺がエッチなお誘いをしてここに来たものの、酔いが酷くて使い物にならなかった。 と、いうのが有力候補だが、言葉にして間違っていたら恥ずかしい。 どうしたものかと、答えあぐねいでいると、クスクスと意地の悪い笑いが上がった。 「昨日はね、友人の店のオープン記念で、新宿に出ていたんだ。その帰りに酩酊状態の君とぶつかったんだ」 今更ながら、ごめんなさい。 「歩道に蹲った君を起こしたのだけど『子供恐ーい』って叫びながら僕に抱きつき、そのままずるずると道路に崩れ落ちてね」 重ね重ねすみません。 「このまま放置したら犯罪に巻き込まれるかもしれないし、何か面白そうな子だと思って拾った次第だよ」 随分とふわっとした理由だけど……。 「介抱して頂いて、有難う御座います。でも、何処の馬の骨とも知れない人間を拾うのって危ないですよ?」 「そうだね。でも、多少腕に覚えがあるから大丈夫だよ」 何か、それ分かります。 口調も笑みも優しいけど、それだけじゃないっていうか……。 笑い鬼タイプの人ですよね? 「青葉くん、今日は休みかな?」 「はい。なので羽目を外しすぎたというか……」 「そうか。僕もね休みなんだ。だから二人でゆっくり過ごそうか?」 「いえ、そんな滅相もない。直ぐにお暇させて頂きます」 「駄目駄目。まだ二日酔いでフラフラなんだ。よくなるまで休んでいきなさい」 「でも……」 「君はね、僕に借りがあるんだ。言う事聞かないと駄目だろ?」 「……はい」 「それじゃあ、このソファ、ベッドになるやつだから広げて、二人で寝そべりながらDVDでも観ようか?」 何故か楽しそうにしている沢渡さん。 えっと……。 「仰せのままに?」

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