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Please say yes:突然の来訪2

***  嫌ぁな予感は、見事に的中した。  頼まれたトイレの場所を、きちんと教えたのだが――ついでに学校の案内もしろと騒ぎ出したので、王子様に引きずりまわされている最中なのである。 「日本の学校は、思っていた以上にちまちましているな。やぁ、こんにちは!」  ぶつぶつ独り言を呟き、キョロキョロしながらも、すれ違う女子にしっかり挨拶をする、とても礼儀正しい王子様。  その後お昼を兼ねて購買へとお連れして、それぞれ弁当を購入した。どこで食べようかとふと考え、見晴らしがいい場所に案内してやろうと屋上へ向かう。湿度は適度にあるが、清々しい初夏の空気は本当に気持ちが良い。  目立つ王子様を連れているため、あまり人目の付かない、隅っこにあるベンチに誘導した。 「ふむ、美味しいな。この魚の弁当、意外といけるぞ」 「そうですか。それは良かったです……」  正直俺は気疲れモード全開で、うんざりしながらモグモグと食べていた。美味しさを感じる余裕なんて、まったくない状態。ここまで案内するのに、ずーっと気を遣ってばかりだったし。 「お前のは、ハンバーグ入ってるのか。美味いか?」 「はぁ、食べますか?」 「遠慮なく戴くぞ。どれどれ……」  外人のクセに器用に箸を使ってハンバーグを真っ二つに割り、自分の口に運んだ。しかも一口じゃなく、半分も持っていったよコイツ……弁当のメインだっていうのに。 「おおっ、デミグラスソースに絡んだハンバーグが、実にジューシー。美味い美味い!」  大喜びながら安定のキラキラした眩しい笑顔を振りまき、真っ二つに割った白身のフライを、俺の弁当にそっと置いてくれる。 「これはハンバーグの礼だ。有難く戴け」 「はぁ、有難く頂戴しますね……」 「なぁ、和馬」 「はい?」  ――あれ? 俺、名前を教えたっけか? 「俺のヒモになれプリーズ!」  その発言に飲みかけのコーヒー牛乳を、口から激しく吹いてしまった。王子様……ヒモの意味、分かっていらっしゃるのだろうか? 「あの、えっとですね、アンドリュー王子。ご自分が何を言ってるか、意味を分かってます?」 「お前、俺のヒモになるのが、そんなにイヤなのか?」  俺の質問を見事にスルー。激しく口元を引きつらせて、王子様の顔を見ることしか出来ない。 (この仕草をしたの、今日で何度目だろうか。眉間にシワが出来そうだ)  呆れ果てた俺をサラサラな金髪を揺らし、小首を傾げながらじっと、見つめ返してきた。 「俺の希望としては、強くて優しいヒモがいいんだが」  王子様の言ってる日本語が、さっぱり理解が出来ない。俺、日本人である自信がなくなってしまったよ。  軽い眩暈に襲われなが弁当に視線を移し、王子様の視線をスルーした。勿論、質問もスルーさせてもらう。    何なんだよ、強くて優しいヒモって。ヒモにもいろいろ、種類があるっていうのか? 「もう、こんな時間なのか……。急がなければ」  腕時計を見て呟き、怒涛の勢いで弁当をキレイに平らげていく王子様。 「昼休みまだ30分以上、時間がありますよ?」 「13時から公務がある。学校にいられるのは、ランチタイムまでなんだ」  美味しそうに無糖の紅茶を飲み干し、寂しそうに微笑んだ。キラキラした笑顔の眩しさが、どこか半減して見える。 「時間はみんなに平等に流れてるっていうのに、どうして俺の楽しい時間だけ、こんなに短いんだろうな」  俺はご飯をもぐもぐ口に運びながら、コッソリとため息をついた。王子さまは決まって、ワガママなんだろうなぁ。執事やらお付きの人が、いろいろやってくれそうだし。その上、楽しい時間を何とかしろって命令されたら、周りの人がきっと困るんだろうな。 「アンドリュー王子だけじゃなく、楽しい時間は誰だって、短いものですよ?」  それは王子さまだけじゃなく、俺だって同じことを思っているものだから、そう口にしてみた。 「和馬――お前は俺といて楽しいか?」 「えっと、あの……」  正直な気持ちは言えまい。気疲れしてるところにヒモになれと言われ、困惑している状況は、とても楽しいとは言えないだろう。 「お前と過ごす時間の砂時計が、止まってしまばいいのに。公務の時間と逆転させることが出来るのなら、何とかしてやるのにな……」  俺の答えを聞かずポツリと呟いて、手にしていた弁当とペットボトルを、ミシミシと音が出るくらい、ぎゅっと握り締めた王子様。 「まったく、埒もない。諦めなければ、やっていけないな」  吐き捨てるように言って、弁当のゴミを俺にグイッと押しつける。 「悪いが、捨てておいてくれ。じゃあ、また明日」 「はあ、さよなら……」 「ヒモの話、忘れずに考えてくれ。それと――」 (考えたくないです、絶対にお断りしますから!) 「アンドリュー王子じゃなくアンディと呼べ。お前はスペシャルなんだから」 「す、すぺしゃる!?」  びっくりして勢いで手に持っていた箸を落とすと、笑いながら拾い上げ、頭をそっと撫でてくれた。 「軍の衛星から、いつもお前を見ていた。ずっと見ていたぞ」  キレイな青い瞳を細めて、ふと切ない表情を浮かべる。このシチュエーションに、軽い眩暈が激しい頭痛に変化した。  どうしてどこにでもいる日本人の俺が、軍の衛星でストーカーされているんだよ? 「呆けた顔も、とても可愛いな」  そう言って左頬にチュッと音の出るキスをし、足早にその場を後にしたアンドリュー王子。  屋上の隅っこにて隠れるように弁当を食べていたので、誰にも見られていないと思う(そう思いたい!)  キョロキョロと周りを見渡し、袖で左頬をゴシゴシ拭った。  去り際に、耳元で言った台詞―― 「愛しているよ」  少し掠れ気味の声で告げられた言葉は、俺の空耳であって欲しいと、切に願ったものだった。

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