2 / 38
Please say yes:突然の来訪2
***
嫌ぁな予感は、見事に的中した。
頼まれたトイレの場所を、きちんと教えたのだが――ついでに学校の案内もしろと騒ぎ出したので、王子様に引きずりまわされている最中なのである。
「日本の学校は、思っていた以上にちまちましているな。やぁ、こんにちは!」
ぶつぶつ独り言を呟き、キョロキョロしながらも、すれ違う女子にしっかり挨拶をする、とても礼儀正しい王子様。
その後お昼を兼ねて購買へとお連れして、それぞれ弁当を購入した。どこで食べようかとふと考え、見晴らしがいい場所に案内してやろうと屋上へ向かう。湿度は適度にあるが、清々しい初夏の空気は本当に気持ちが良い。
目立つ王子様を連れているため、あまり人目の付かない、隅っこにあるベンチに誘導した。
「ふむ、美味しいな。この魚の弁当、意外といけるぞ」
「そうですか。それは良かったです……」
正直俺は気疲れモード全開で、うんざりしながらモグモグと食べていた。美味しさを感じる余裕なんて、まったくない状態。ここまで案内するのに、ずーっと気を遣ってばかりだったし。
「お前のは、ハンバーグ入ってるのか。美味いか?」
「はぁ、食べますか?」
「遠慮なく戴くぞ。どれどれ……」
外人のクセに器用に箸を使ってハンバーグを真っ二つに割り、自分の口に運んだ。しかも一口じゃなく、半分も持っていったよコイツ……弁当のメインだっていうのに。
「おおっ、デミグラスソースに絡んだハンバーグが、実にジューシー。美味い美味い!」
大喜びながら安定のキラキラした眩しい笑顔を振りまき、真っ二つに割った白身のフライを、俺の弁当にそっと置いてくれる。
「これはハンバーグの礼だ。有難く戴け」
「はぁ、有難く頂戴しますね……」
「なぁ、和馬」
「はい?」
――あれ? 俺、名前を教えたっけか?
「俺のヒモになれプリーズ!」
その発言に飲みかけのコーヒー牛乳を、口から激しく吹いてしまった。王子様……ヒモの意味、分かっていらっしゃるのだろうか?
「あの、えっとですね、アンドリュー王子。ご自分が何を言ってるか、意味を分かってます?」
「お前、俺のヒモになるのが、そんなにイヤなのか?」
俺の質問を見事にスルー。激しく口元を引きつらせて、王子様の顔を見ることしか出来ない。
(この仕草をしたの、今日で何度目だろうか。眉間にシワが出来そうだ)
呆れ果てた俺をサラサラな金髪を揺らし、小首を傾げながらじっと、見つめ返してきた。
「俺の希望としては、強くて優しいヒモがいいんだが」
王子様の言ってる日本語が、さっぱり理解が出来ない。俺、日本人である自信がなくなってしまったよ。
軽い眩暈に襲われなが弁当に視線を移し、王子様の視線をスルーした。勿論、質問もスルーさせてもらう。
何なんだよ、強くて優しいヒモって。ヒモにもいろいろ、種類があるっていうのか?
「もう、こんな時間なのか……。急がなければ」
腕時計を見て呟き、怒涛の勢いで弁当をキレイに平らげていく王子様。
「昼休みまだ30分以上、時間がありますよ?」
「13時から公務がある。学校にいられるのは、ランチタイムまでなんだ」
美味しそうに無糖の紅茶を飲み干し、寂しそうに微笑んだ。キラキラした笑顔の眩しさが、どこか半減して見える。
「時間はみんなに平等に流れてるっていうのに、どうして俺の楽しい時間だけ、こんなに短いんだろうな」
俺はご飯をもぐもぐ口に運びながら、コッソリとため息をついた。王子さまは決まって、ワガママなんだろうなぁ。執事やらお付きの人が、いろいろやってくれそうだし。その上、楽しい時間を何とかしろって命令されたら、周りの人がきっと困るんだろうな。
「アンドリュー王子だけじゃなく、楽しい時間は誰だって、短いものですよ?」
それは王子さまだけじゃなく、俺だって同じことを思っているものだから、そう口にしてみた。
「和馬――お前は俺といて楽しいか?」
「えっと、あの……」
正直な気持ちは言えまい。気疲れしてるところにヒモになれと言われ、困惑している状況は、とても楽しいとは言えないだろう。
「お前と過ごす時間の砂時計が、止まってしまばいいのに。公務の時間と逆転させることが出来るのなら、何とかしてやるのにな……」
俺の答えを聞かずポツリと呟いて、手にしていた弁当とペットボトルを、ミシミシと音が出るくらい、ぎゅっと握り締めた王子様。
「まったく、埒もない。諦めなければ、やっていけないな」
吐き捨てるように言って、弁当のゴミを俺にグイッと押しつける。
「悪いが、捨てておいてくれ。じゃあ、また明日」
「はあ、さよなら……」
「ヒモの話、忘れずに考えてくれ。それと――」
(考えたくないです、絶対にお断りしますから!)
「アンドリュー王子じゃなくアンディと呼べ。お前はスペシャルなんだから」
「す、すぺしゃる!?」
びっくりして勢いで手に持っていた箸を落とすと、笑いながら拾い上げ、頭をそっと撫でてくれた。
「軍の衛星から、いつもお前を見ていた。ずっと見ていたぞ」
キレイな青い瞳を細めて、ふと切ない表情を浮かべる。このシチュエーションに、軽い眩暈が激しい頭痛に変化した。
どうしてどこにでもいる日本人の俺が、軍の衛星でストーカーされているんだよ?
「呆けた顔も、とても可愛いな」
そう言って左頬にチュッと音の出るキスをし、足早にその場を後にしたアンドリュー王子。
屋上の隅っこにて隠れるように弁当を食べていたので、誰にも見られていないと思う(そう思いたい!)
キョロキョロと周りを見渡し、袖で左頬をゴシゴシ拭った。
去り際に、耳元で言った台詞――
「愛しているよ」
少し掠れ気味の声で告げられた言葉は、俺の空耳であって欲しいと、切に願ったものだった。
ともだちにシェアしよう!