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Please say yes:王子様のお願い

 次の日、ずしーんと重い気持を抱え、足を引きずるようにして、何とか学校に到着。  外人のクセに上手に箸を扱い、流暢な日本語を操る王子様の相手を、間違いなく今日もしなければならないだろう。  昨夜見た夢は、王子様の手によって白い紐で幾重にもグルグル巻きにされ、可愛いと言われて抱きしめられるという、史上最悪なモノを見てしまった。夢見が悪いというレベルは、とうに超えている―― 「朝から既に疲労困憊って、どんだけ……。放課後まで、俺の精神が持つんだろうか」  精神崩壊のカウントダウンが、頭の中で静かに唱えられていた。  ヒモの話は断るにしても、俺を愛してるなんて信じられない台詞を言われた件。男に愛の告白されても、ヒモの話同様にしっかりお断りするつもりだ。  当然、お断りをするのだが――王子様のあのキャラクターを考えると、上手く断れないような気が激しくする。日本人である俺の曖昧な言葉を巧みに利用しつつ、ツッコミを入れられ、なぜか俺がボケをかます。  ――なぁんて漫才の様なやり取りが、何となく目に浮かんでしまって。 「おはよう、和馬」  教室に入るとすれ違いざま、俺の頭をくしゃっと撫でて、足早に通り過ぎて行った王子様。次の瞬間、フルーティな柑橘系の香りが、ふわりと辺りに薫った。きつ過ぎず、爽やかな感じ――その爽快さが、なぜだか南国の海を連想させる。  昨日はこんな香り、していなかったと思うんだけど……って何で匂いに、激しく反応してるんだ俺。 (唐突に現れた王子様が悪い。心の準備が出来ていなかっただけ)  そう自分に言い聞かせながら、頭を振って気持ちを切り替える。無駄な気合いを入れて、自分の席に座った。    王子様は先程出て行ったきり、1時間目の授業に参加しなかったのである。正直なところ、なるべく接触は控えたかったので、これは有難かった。  1時間目が終わり、ぼんやりしたまま2時間目が始まるのを待つ。……眠い。非常に眠い――夢見が悪かったせいで、正常な睡眠がとれていない気がする。昨日同様、清々しい陽気に突っ伏した俺は、簡単に睡魔に襲われた。  ――どれくらい時間が、経っていたんだろうか。 「寝ている顔も、本当に可愛いな……」  ふと、耳元で囁かれた台詞。  誰だよ、勝手に俺の寝顔を見るヤツは。まるで昨夜の夢の続きを、見てるみたいじゃないか。何か、すげぇムカつく!  ぎゅっと眉根を寄せたとき、鼻を掠めた柑橘系の香り。その香りのお蔭で、一気に現実に引き戻されたせいで、ぱっちり目を開けると、優しい眼差しをした王子様のドアップが、目の前にあって――  ぼんやりしている俺の頭を、愛おしそうに撫でながら、 「おはよう、和馬。モーニング アゲインだね」 「っ……うわあぁぁ!」  信じたくない現実に、椅子をぶっ飛ばし慌てて立ち上がって、傍にある窓際に震える体を寄せた。現在2時間目、数学の授業の真っ最中である。 「やっと起きたか。俺が揺さぶっても全然起きなかったのに、流石はアンドリュー王子。悲鳴を上げるくらい、衝撃的なお目覚めだろうさ」 「違っ! コイツが俺にキ――」  ストップだ、俺っ! キスされたなんて、絶対言えない。衝撃的なお目覚め過ぎて…… 「おいおい、アンドリュー王子に向かって、コイツ呼ばわりはないんじゃないか」 「いいんですよ先生。でも言った通り、和馬が起きたでしょ?」 「有難うございます、助かりました。井上もいい加減、席についてくれないか? 授業妨害だぞ」  肩を竦め困った顔した先生と、キスされた現実を受け入れたくないガクブルな俺を、爽やかな笑顔で見つめる王子様。そんな俺たちをクラスの女子たちが、羨望の眼差しで見ていた。  震える手でやっと椅子を戻し、恐々と席に着く。 「ご馳走さま」 「つっ……!」  その台詞に顔を強張らせながら伺うように横を見ると、王子様は頬杖をついて、してやったりな顔をしていた。 「お日さまの味がしたよ、とても美味しかった」  隙を見せた、俺が悪い――悪いのが分かっているだけに、尚更ムカつく。寝込みを襲うなんて、すっごい卑怯だ!  しかもお日さまの味って、どんなのだよ? 日頃美味いモンばかり食ってると、いろんな味覚に敏感になるっていうのか? 「王子様のキスでお姫様は目覚めるっていうの、日本の定番だろ? 良かったな和馬」  俺はれっきとした男だ、お姫様じゃねぇよ。良くない、全然っ良くない!  しれっと言った台詞に、ぶーっと口を尖らせた。 「寝起きはご機嫌斜めなんだな。そんなに唇を突き出してると、もう一度、キスするぞ?」 「しないで下さい、絶対に!」 「案外、照れ屋なんだな。すごく可愛いぞ」 「照れてないです。迷惑なだけですから、ほっといて下さいっ」  イライラしながら、教科書とノートを開く。 「人は迷惑をかけて一人前になるものだ、気にするな。ほら、ここ。間違っているぞ」  勝手に俺のノートを覗きこみ、指を差してわざわざ指摘してきた。自分のやってる迷惑を、少しは気にしろよ、まったく…… 「有難うございますっ」  それを直そうと、イライラしながら消しゴムを手に持ったら、パッとノートをひったくった王子様。まるで先生がするように、赤ペンで俺の書いた計算を、すらすらと訂正していく。  しかもわざわざ、丁寧な説明つきの綺麗な日本語。俺より綺麗な字を書いていた。 「隣にある捻りのきいた計算が合ってるクセに、簡単なのを間違えるなんて。見かけによらず、そそっかしいのだな」  いつものキラキラ眩しい笑顔をしながら、すっとノートを返す。  さっきもそうだが、俺が悪いの分かってるだけに、んもぅ…… 「はあ、そそっかしいかもしれませんね。気をつけますっ」  ズバリな一言に、マジでムカついていた。ムカつきつつも、かまっていたら余計頭にくるので、しっかり前を向き、黒板に書かれている内容を、必死に書き写す行動をとってやる。 「なぁ、和馬」 「……」  多分頬杖ついて、こっちを見ているであろう。さっきまで寝てた分、マジメに授業受けてますの雰囲気で、完全に質問スルー。 「俺のこと、愛してる?」  その台詞が耳に届いた瞬間、シャーペンの芯がバキッと折れた。  愛してるワケなかろう!  顔を引きつらせて横を見ると、やけに真剣な顔した王子様が、じっと俺を見ていた。その様子に、くっと息を飲むしかない。  なんだよ、一体……。いつものキラキラスマイルは、どこにいったんだ。 「ごめん、変なことを聞いて。真面目に勉強してるのに、悪かった……」  俺の視線をふいっと前を見て、あからさまに外す。よく見ると王子様の机には教科書がなく、なぜか横文字のたくさん書いてある書類が、数枚置いてあった。 「留学生のクセに、授業を受けなくていいんですか?」 「ああ……。もう習ってるから、いいかなと思って。コッソリ仕事していた」 「復習って言葉、知ってますよね。これ、見て下さい」  ピッタリと寄せられた机の真ん中へ、無造作に教科書を置いてやる。 「有難う、和馬。やはりお前は、相変わらず優しいな」  そう言って右手を握ってこようとしたので、サッと背中に隠した。 「留学生に対して、普通に接してるだけですから。余計なスキンシップしないで下さい。ここは日本なんですっ」  睨みながら、強い口調で言ったのに。 「そういう奥ゆかしい態度、本当にそそるったら、ありゃしない。本当にお前、すごく可愛いぞ」  この一言で、ガックリと項垂れるしかなかった。  何を言っても、どんなことやっても、可愛いと言われる。俺は一体、どうすりゃいいんだよ。もう…… 

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