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Please say yes:王子様のお願い2

***  昼休み、クラスの女子に捕まっている王子様を尻目に、俺は喜んで教室から逃亡した。  2時間目の数学から(俺が覚醒してからだけど)4時間目までびっちりと、隣にいて離れなかった王子様。隙あらば何かしてやろうというのが、手に取るように分かりすぎて。言動と行動が、見るからにアヤシ過ぎるのだ。  休み時間はさすがに、クラスメートの目があるので大丈夫だったが、授業が始まった途端―― 「和馬の真面目な顔、すごく可愛いぞ」 「ペンを持つその右手、セクシーだな。爪の形ひとつひとつが愛しいぞ」 「愛してる、和馬」  という風に愛の台詞、オンパレードなのである。健全な日本男児に言う、まっとうな言葉じゃない。 「気持ち悪いので、そういうことを言うの、いい加減止めて下さい」  ムダと分かりつつ一応言ってみた。しかし予想通り、ワケの分からない返答をされる。 「愛するお前に、捧げる言葉なのだ。何が悪い?」 「俺は、れっきとした男です。そういう趣味は、ありませんから」 「そういう趣味もこういう趣味も、俺には関係ない。ひとりの人間として、お前を心底、愛しているのだぞ和馬」  どうしてくれよう、この王子様。何を言っても、通用しない……授業中に愛について語らっている時点で、既に可笑しいのに。超絶、悲し過ぎる。  故に精神崩壊のカウントダウンが残り少しとなったので、自主的に逃亡したのである。 「どこに隠れよう……なるべく、ひとりになれる所が、理想的なんだけど」  王子様が追ってこないか背後を気にしつつ、隠れる場所を探す。すると、いつもなら鍵のかかっている理科準備室の扉が、なぜか開いていた。  顔を入れて中をしっかり確認。誰もいない、ラッキー! 「薬品臭いが、背に腹は代えられない。鍵も閉めれるし、ちょうどいいや!」  喜び勇んで中に入り扉を閉めようとした瞬間、ガンッという鈍い音が足元からした。  イヤな予感を抱えながら振り返ると、そこにいたのは息を切らしながらニコニコしている、王子様の姿――とっさに扉を、足で受け止めたらしい。 「えっと……?」  顔を思いっきり引きつらせるしかない俺と、ハァハァと息を切らせながら、キラキラスマイル全開の王子様。 「和馬とランチするのに、急いで来てやったぞ。今日はここで、食べるのだな」 「今日は俺ひとりで、食べたいんですけど……」 「そうか分かった。和馬はそっちの奥で食べればいい。俺は扉を背にして、ここで座って食べるから」  ウインクしながら、勝手に指示する始末。おい…… 「いや、だから、そうじゃなく」 「1歩譲って、やってるじゃないか、文句を言うな。存外ワガママだな、お前」  俺の背中を強引に押し中に入れると、扉の鍵をカチャッとかける。 「どうして……鍵、したんですか?」  ふたりきりの、密室の出来上がり――己の身の危険を、激しく感じる。    俺は渋い顔をしながら、ゆっくり後方に歩みを進め、王子様との距離をとった。さっきだって寝込みを襲われたのだ。何をされるか、分かったもんじゃない!  警戒する俺を、青いガラス玉の瞳で、ふわりと優しく見つめる。 「和馬のイヤがる事しないから、大丈夫。ふたりきりの空間を、誰にも邪魔されたくないだけだから」  そう言って、扉を背に座り込んでしまった。逃げたくても、王子様が扉の前に堂々と鎮座してしまったので、出るに出られない状況。仕方なく、奥にあった段ボールに腰掛けて、渋い顔をしながら弁当を食べ始めた。 「今日は、お揃いの弁当だな」 「ああ……」  ――何で被っちゃったのか、四分の一の確率。 「おかずの交換は出来ないが、お揃いも悪くはない」 「……そうですか」  俺の素っ気ない対応も何のその、嬉しそうに弁当を頬張る。コイツが来てから、俺の調子は狂いっぱなしだ。  そんなことを考え、イライラしながら一気にご飯を頬張ったら、見事に喉を詰まらせてしまった。  ヤベッ、お茶お茶――って俺ってば、買い忘れてんじゃねぇか!  慌てふためく様子にクスッと笑って、ペットボトルを俺に向かって、コロコロと床に転がしてくれた。 「まったく、そそっかしいな。目が離せないじゃないか」 「……!」 「早く飲まないと、死んでしまうぞ。安心して飲め、俺はまだ口をつけてないから」  ご丁寧な説明に安心して、転がされたペットボトルを手に取り、慌ててグビグビとお茶を遠慮なく戴いた。 「す、すみません。有難うございます……」  恥ずかしさで俯き、濡れた口元を拭った。そんな俺を眩しいモノでも見るように、キレイな青い目を細めて、じっと見つめる王子様。 「あの、お茶返しますね」  王子様の様子に思わずドギマギして、早口で言いながら同じように、ペットボトルを床に転がしたら、わざわざ立ち上がって途中でサッと拾い上げる。  拾い上げたペットボトルを手に、何故か俺の前に立ちふさがってきた。 「和馬……」 「なっ、何?」  ビクビクしている俺の前に跪いて屈むと、そっと頬に触れる。妙に真剣な顔が、正直コワい。 「……ご飯粒ついてるぞ。ほら」  取ってくれたご飯粒を、わざわざ目の前で披露した。そしてそのまま、人差し指に付けたご飯粒を、自分の口に持っていき、美味しそうに食べる。  たったそれだけの行為なのに、どうしてだか胸がざわつく……何か、エロい―― 「えっと、何から何まで、すみませんっ」  横を向いて、ドキドキを隠すしかない。外人って、何をやっても様になるもんだ。まるで映画のワンシーンみたいに。ただ、それだけだと思うんだけど…… 「打てば、響く――いいものだな」 「は……?」 「お前の振る舞いすべてに、心が動かされる。目に涙をためて、そんな顔されたら、俺はどうしていいか分からなくなるぞ」  目に涙がたまっているのは、ご飯が喉に詰まって苦しかったからだ。王子様を欲情させるのに、やってるワケなかろう!  げっと思い呆れながら顔を正面に向けると、なぜか青い瞳に涙をためている、王子様の姿があった。  びっくりして言葉が出せずにいる俺に、切なそうな顔して、 「こうやって会話ができるだけで、幸せだと思ってたのに。一緒にいるだけで、もっと欲しくなってしまったぞ」 「ももも、求められても困るっ! 俺は――」 「そうかそうか、お茶が欲しいのだな。分かった」  待ってましたと言わんばかりに、素早くペットボトルの蓋を素早く開け、グビグビと口に含むと、俺の顔をガッチリ両手でキープして動けないようにした。  お茶なんて頼んでない! 全然欲しくない! 「ちょ……やめろよ……」  これから行われる事が、鮮明に脳裏をよぎる。  体をこわばらせ息を飲んだ瞬間、唇が合わせられた。冷たいお茶が少しずつ、口内に入ってきて。俺は目を見開いたまま、ドアップの王子様の顔を見る。  閉じた瞳から、涙がゆっくりと頬を伝っていた。  目を白黒させながら、お茶を飲みつつ考える。なぜだか胸が、きゅっと締めつけられたのだ。この涙で…… 「和馬、ダメじゃないか。せっかくあげたお茶を、こんなにこぼして。勿体ない、拭いてあげる」  そう言って、いきなり首元に舌を這わせる。口から零れたお茶が、首に滴っているのは確かだけど。王子様の赤い舌が、下から上へと丁寧に、お茶を舐めとっていった。 「やっ、何やって、んんっ……!」  体にゾクリとした感覚がビリビリと電気のように走り、思わず鼻から抜けるような、甘い声が出てしまう。  抵抗しようと腕に力を入れてみるが、それ以上の力でぎゅっと抱きしめられてしまった。 「和馬……とっても美味しいよ」  耳元でわざわざ告げてから、そのまま舌先を耳のふちに沿って舐める王子様。耳の中に入ってくる熱い吐息に、俺の呼吸が一気に乱れた。 「感じてる顔、すごくそそられるぞ」 「感じてなんか、いねぇよ。い、いい加減、やめ……ふぁっ!」  今度は俺の耳の中を、スクリューのような舌使いで責めたてる。  いつの間にか膝に置かれてた弁当はどこかに避けられ、ぐいっと腰を抱き寄せられた。空いてる手で開襟シャツの隙間から、俺の肌をそっと弄る。触られてる所が、どんどん熱を帯びていった。  すっごくイヤなのに抵抗したいというのに思考とは裏腹、身体が貪るように、快楽を求めていく。 「アンドリュー……やめてくれ、頼む……俺はこんな事、されたくな……はぁ、んっ!」 「アンドリューじゃない、アンディと呼べ。されたくないと言いつつ、お前の一番感じてる部分、大きくなっているではないか」 「これは、違っ! 感じてるワケじゃなく、条件反射的なモノであって……その――」  慌てて自分の手で隠そうとしたけれど一歩遅く、アンディの手によって、それをガッチリ握られてしまった。 「遠慮するな、気持ちよくしてやるぞ」  ズボンの上からアヤシく動く細長い指に、どうにかなりそうだった。  ――このまま、流されちゃダメだ。     乱れている呼吸を一回止め、思い切ってアンディを平手打ちした。パチンと乾いた音が、室内に響く。 「やめろ。本当に、イヤ、なんだって……」  息が乱れっぱなしの弱々しい俺の声。叩かれた左頬に手をやり、挑戦的な青い瞳で、ギロリと睨む。 「だったら、今、ここで自分でヤれ!」  何の羞恥プレィだよ、見せもんじゃねぇ。 「やるわけないだろ、ふざけんなっ」 「だったら、俺がする。和馬の事をどれだけ愛してるか、証明してみせる」 「そんな事やったって、証明にならないって。やめてくれ!」 「じゃあ、どうしたら俺の愛をお前に、伝える事が出来るんだ? どうしたらお前は、俺の事を愛してくれる?」  必死な形相しながら、俺の両肩に手をやり、ゆさゆさ激しく揺さぶるアンディ。 「頼むよ、教えてくれ。もう時間がないんだ……」 「時間?」  俺が詳しいワケを訊ねようとした時、部屋の鍵がガチャリと解錠された。 「お前たちふたり、こんな所で一体、何をやってるんだ?」 「……単なる、痴話喧嘩です」  王子様に襲われてました。  なぁんてハズカシイ事が言えるハズもないので、咄嗟にごまかした俺。その後ふたりそろって、理科の先生からこってりとお説教を戴く。    説教から解放された後、用事があるからとアンディは、昨日と同様に午後から早退した。お互い目を合わせる事なく、その日は別れたのである。

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