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Please say yes:眠れる森の王子様2
***
学校が終わり、急いで大学病院に向かった。
ただのクラスメートの自分がアンディ面会するのは、至難の業だと思っていたのに、意外なほどすんなりと病室に通された。扉には面会謝絶の札がかかっていたのだが、俺と話をしたい人物がいるそうで、中に通されたのだった。
「和馬様、アンドリュー王子が大変、ご迷惑をおかけしました。王子に代わり、執事の私が――」
「ちょっと待って下さい。迷惑なんて、これっぽっちも思ってませんから。それに俺、一般人だから名前に様つけて呼ばれるのは……苦手っていうか」
丁寧に頭を下げる初老の執事に、すごく恐縮するしかない。
「では和馬さんで、よろしいでしょうか?」
「あ、はい。大丈夫です」
照れつつ頭をポリポリ掻きながら、ベットで眠るアンディの顔をそっと見る。まんま、眠れる森の王子様みたいだった。
「和馬さんは、覚えていらっしゃいますか? アンドリュー様と幼き日に、グアム島で出逢っていたことを……」
初老の執事も同じように、横たわるアンディの姿に目をやる。
「実は昨日家族との会話で、ぼんやりと思い出したばかりなんです」
「それでは驚いたことでしょう? どうして王子が和馬さんに、しつこく付きまとっていたのか」
「あ~、……正直ワケが分からなかったです。まさか昔に出逢っていたなんて、思ってもいなかったから」
苦笑いしながら言うと、初老の執事も同じように笑い出した。病室内に穏やかな空気が流れる。
「アンドリュー様は、3人兄弟の2番目としてお生まれになり、お父上とお母上から兄弟均等に、愛情をかけられ育てられました。はたから見ている限り、幸せそうに見えたのですが……」
一つため息をついてから、俺の顔を見て話し出す。
「私以外の者は、王子としての資質を上げるべく、ご兄弟を競わせる形で、教育をしておりました。年齢も1歳違いでしたので、何かと比べられることが多くなっていきまして」
「――大変ですね。王子様っていうのも」
俺がしみじみしながら言うと、難しい表情を浮かべて静かに頷く。
「ご長男のジェームズ様が器用に、何でもこなすお方だったので、アンドリュー様は尚更、ご苦労されたと思います。そんな中、ちょうどバカンスでグアム島に行った時のことでした」
ああ、俺と出逢ったあの日だ。
「旅行に一緒についてきていた家庭教師たちの世間話を耳にしたアンドリュー様は、いつの間にか姿をくらませてしまったのです」
「それは、どんな世間話だったんですか?」
「さあ、詳しくは教えてもらえていないので、答えられないのですが、当時話を聞かれた家庭教師たちは、血相を変えて私の所にやって来ました。自分たちの話を聞いた後、『僕は必要のない人間だから、ここから出ていく』と言って、飛び出して行ったと」
「俺は逆に出来の悪い兄なので、よく弟にダメ出しくらってました。だから何となく、アンディの気持ち、分かるかも……」
大人は無意識に、子供の優劣をつけてしまう。出来ないコを出来るようにさせるために、手を伸ばしてくれるから。だけど自分が小さい内は、そんな事が理解出来るワケないんだよな。
「和馬さんに抱きしめられている、アンドリュー様を見つけたときは、本当に安心しました。ご本人は貴方の言葉に救われたと、後から仰っていましてね」
「え、えっとあの、あれには深い意味とか、全然なかったんですよっ!」
真っ赤になって、わたわたする俺に、首を横に振って微笑む。
「アンドリュー様の素性を知らない、貴方の言葉だったから信じたのでしょう。他の方々は、アンドリュー王子として、日頃接していますから。小さくても上っ面の言葉との違いは、お分かりになるはずです」
「でも……」
「私の母が日本人でしてね。和馬さまが仰ってた日本語の意味を知りたいと、それは猛勉強されました。日本の文化や歴史――ありとあらゆる物を学び、いつか逢いに行くその日に向けて、お城では常に日本語でお話されていました。自分の使う日本語に違和感があったら、和馬さんが話をしてくれないだろうから。なんて仰ってました」
「アンディは、その……」
「アンドリュー様のお気持ちは、私以外ご存じありません。トップシークレットですから」
片目をつぶって、ウインクした。外人は何をやっても、本当に様になる。俺のじいちゃんが同じことをしても、可愛いで終わってしまいそうだ。
「しかし状況が、変わってしまったのは1年前――ジェームズ様が落馬事故で、お亡くなりになってからです。自らが王位を継ぐ、お立場となってしまわれたのですから」
「落馬事故……」
「ええ。本来は和馬さんの通う学校に一緒にご入学して3年間、日本に滞在する計画があったのです。この事故により計画は破たん、後継ぎとしてのスケジュールが、アンドリュー様に圧し掛かりました」
切ない顔をしてもう一度、アンディの寝ている姿に目をやる、初老の執事。
「和馬さんに逢うために、ご自分のスケジュールを管理して、無理して頑張っていただけに、落胆したお姿を見るのが、本当に辛かったです」
「こんな俺と逢うために、頑張っていたんですか」
俺は覚えちゃいないというのに……ずっと、頑張り続けてたんだな。
「アンドリュー様の中では、和馬さんは大切なお方です。こんな俺なんていう言葉で、卑下しないで下さい」
「いや、でも……照れくさいです……」
「日本に来てから、アンドリュー様は事あるごとに和馬さんが可愛いんだと、私に仰ってましたよ。その奥ゆかしさが、そう言わせるんでしょうね」
「あ~、もう止めて下さい。どんな顔していいか、本当に分からなくなる」
俺は困って、背を向けてしまった。
アンディのヤツ、何を執事に向かって喋ってたんだか。
激しく照れてる俺に向かって、笑いながら話を続けてくれた。
「とにかく和馬さんに一目逢いたい、短期間でもいいから、どうにか出来ないだろうか。とご相談受けたのが、ちょうど半年前のことです。それからは以前以上に、ご公務に励まれました。その結果一カ月ですが、時間を作る事に成功しました」
「そうだったんですか」
「ええ。ご留学が決まってからというもの、そのはしゃぎっぷりは尋常じゃなかったです。私が何度、窘めた事か……」
その言葉に初めてアンディが教室に入ってきた事を、ぼんやりと思い出した。いきなり俺の机を、椅子代わりにしたんだったよな。
肩を竦めて振り返ると、苦笑いをした初老の執事と目があった。多分、同じ事を考えていたのかもしれない。
「日本に滞在して数日が経ったある日、こちらに国際電話がありました。お母上の具合が、良くないという知らせでした」
「それはすぐに、帰国しなきゃいけないんじゃ?」
「そうなんです。しかしアンドリュー様は拒否なさってました。自分が帰ったからって、具合が良くなるとは限らないだろうと仰って。ご長男がお亡くなりになられてから、ずっと体調不良が続いておりましたので」
――もしかして時間がないって言ってた理由は、それだったのか?
「和馬さんは、アンドリュー様のお気持ちに対して、何とお答えしたのでしょうか?」
突然放たれたその台詞に、俺は顔を引きつらせた。
「も、勿論、お断りしましたよ。俺、その気ないですし、王子としてあってはならない好意でしょう? パパラッチにバレたら、大変な事になるだろうし」
「王室に仕える身としては、有難うございますと言わなければならないのでしょうが、私個人としては、残念に思います」
「残念って……」
「和馬さんに拒否され、せっかく留学に来たのに、すぐに帰らなければならない――いろんな事が積み重なったから、目をお覚ましにならないのかもしれません」
深いため息をついてから、困った俺の顔をじっと見る。
「目が覚めないって、どうして?」
「病院に着いてから、ありとあらゆる検査をしました。脳にも異常はなく、頭のお怪我も2針縫って、無事に終わったのです。どこも異常がないのに、ずっと眠ったままなんですよ」
「そんな――」
俺は慌ててアンディの傍に行き、跪いて右手をぎゅっと握りしめた。
「もしかしたら夢の中の和馬さんと、ご一緒しているのかもしれませんね。その寝顔を見ていると、そう思えてなりません」
「いつ目覚めるか、分からないんですか? お医者さんは何て?」
心配して訊ねる俺に、首を左右に振って両手を上げた。
「眠っている理由が、分からないそうです。だからいつ目覚めるのかも分からないまま。どうすればこちらの世界に、お戻りになるのでしょうか……」
「アンディ……」
柔らかい微笑みを浮かべたアンディの寝顔を見ているだけで、胸がきゅっと締めつけられるように痛かった。
――眠らせてる原因は、間違いなく自分にある。お前が差し出した右手を俺が取っていれば、こんな事にならなかったハズだから……
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