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Please say yes:眠れる森の王子様6

***  ――俺はとても幸せだった。ここが夢の世界だと理解していても、幸せだったのだ。  現実世界では大好きな和馬に、ずっとあしらわれてばかり。どんなに愛してると伝えても、困った顔をさせてばかりいた。  たとえ相思相愛になったとしても別れなければならないのは、目に見えていたし。  王子である自分の身が疎ましかった。だから逃げたのかもしれない、夢の世界へ……夢の世界の和馬は、現実世界の和馬と違っていたから。  俺の事を愛おしそうに、ぎゅっと抱きしめてくれる。頭を撫でながら、頬にキスをしてくれる。  ――俺だけの和馬なんだ――  今日もいつものように、和馬に向かって、まっしぐらに走って行く。 「和馬、大好きっ!」  飛びつくように、その体に抱きついた。そんな俺の体を簡単に抱きとめて、優しく頭を撫でてくれる。 「まったく。アンディを受けとめる俺のことを考えろよな。一緒に転んじゃうだろ」 「大丈夫でしょ、和馬の体、大きいんだし。転んだことないじゃないか」  夢の世界では、なぜか俺は8歳。和馬と初めて出逢ったときの年齢だった。 「今日も香水つけてるのか、ませたガキだな」 「本当の俺はガキじゃないのだぞ。和馬よりも背は高いし、勉強だって教えてあげられるんだから。この香水だって、自分で調合して作った特注品なのだ」 「はいはい、アンディは外人だからね。間違いなく俺よりも、大きくなるだろうさ」  和馬は苦笑いしながら文句を言って、俺を膝の上に乗せてくれる。  現実世界同様にあしらわれてはいるが、俺のことを可愛がってくれる優しい所作があった。手を差し出すと、ちゃんとぎゅっと握ってくれる。  体の小さい俺を受け入れてくれる、夢の中の和馬。  ――ここに、ずっといたい――そう強く、思っているのに……  どこからか聞こえてくる、和馬の声に俺は惑っていた。耳に聞こえるんじゃなく、心に響いてくる感じだった。 『お前の心は、今どこに行ってんだ? どうしたらまたあの笑顔が、見られるんだよ……』  現実の和馬が俺を呼んでいるの? 俺はここでお前と一緒に、楽しく過ごしているんだ。いつも、笑っているのだぞ。 『アンディ……目を覚ましてくれよ。答えを教えてくれないか?』  目を覚ましたらきっとつらい想いをするのが、目に見える。だからここにいたい。和馬、何の答えをお前は求めているのだ。そんなの分かるヤツに、聞けばいいじゃないか。 『俺は寝込みを襲うなんて、卑怯なマネはしないから。ちゃんとお前が起きてる時に、キスしてやるよ』  寝込みを襲わなきゃ、和馬に触れることが出来なかったんだ、仕方ないだろ。    ……って、あれ? 和馬が俺に、キスをしてくれる――? 『お前が起きてるときは言えなかったのにな、こんな簡単な言葉。てか、起きたらちゃんと、言えるんだろうか……』   ――何を言うつもり、なんだろう? 『愛してるんだぜ、おい。聞こえるか? ずっと傍にいるんだぞアンディ、感じてるか?』  俺を愛してると言ってる、和馬の声が胸の中でこだました。心臓がバクバクと音を立てて鳴っている。これも自分が作った、都合のいい夢なんだろうか?  俺は右手で、胸をぎゅっと握りしめた。 「どうした? つらそうな顔して。大丈夫か?」  夢の中の和馬が、心配そうに俺の顔を覗きこむ。 「現実の和馬が、俺のことを愛してるって。起きたらキスしてやるって、言ってるんだ」 「そんなの、嘘に決まってるだろ」 「でも……」 「アンディ、俺を見捨てるのか?」  今度は夢の中の和馬が眉根を寄せ、つらそうな顔をして俺を見つめた。  ――どうしよう、どうすればいいんだ。 「和馬……」 「アンディ、俺だってお前を愛してるんだ。ずっと一緒にいたい」  そう言って俺を強く抱きしめる。息が止りそうな程の強い抱擁に、頭がグラグラした。  俺だってここに、ずっといたいと思っている。だけど現実世界から俺を呼ぶ和馬の声が、心に響いてとても苦しいんだ。 「和馬、俺……強くなりたい――今よりも、もっともっと強くなって、本当の俺の姿で、和馬に逢いたいんだ」  和馬の胸の中から、顔を上げてしっかり言い放つ。 「きっと逃げたから、こんな子供の姿になったんだ。これじゃあダメなんだよ、きっと」 「アンディの本当の姿を俺、見てみたい」 「立ち上がるのに時間はかかるかもしれないけど、絶対に逢いに行く。だからそれまで待っていて欲しい。約束するぞ」  俺は和馬の首に両手を絡めて、その唇にキスをした。 「ホント、ませたガキだ。約束だぞ、ずっと待ってるからな」 「今まで有難う。必ず強くなって逢いに行く!」  勢いよく膝の上から降りる。夢の中の和馬は、寂しそうに微笑んでいた。  胸にこみ上げるものを我慢するように奥歯を噛みしめ、俺を呼ぶ声がする方向に歩き出した。次の瞬間、まばゆい光に包まれる。目を開けていられなくて、ぎゅっと閉じたら、体がどこかに投げ出される感覚を覚えた。  恐るおそる目を開けると、見知らぬ天井が目の前に飛び込んできた。肌に感じる湿度の高い空気に、ここが自国じゃないのがすぐに分かった。  左にゆっくり首を動かすと、カーテンが風でなびいているのが見えた。心地いい風に、ほっと息をつき、反対側を見てみる。 「……和馬?」    分厚い参考書を枕にして、すやすや眠っている和馬の姿が傍にあった。しかも俺の手を、しっかり握りしめているじゃないか。  まるで夢の続きを見ているようで、信じられなかった。自然と胸がじんと熱くなる。  握られている右手に力を入れて、握りしめようとしたが、まったく力が入らない。 「俺はあれから、どれくらい寝ていたんだろう。自分の体がままならないとは、本当に情けないな」  声もしわがれていて、自分じゃないようだった。だけどここで諦めるワケにいかない。夢の中の和馬と、約束したんだから。    ――逃げないで、強くなるって―― 「和馬……和馬……」  大好きなお前の名を、ずっと呼び続けた。どれくらい、呼んだだろうか。 「あれ、いつの間にか眠っちゃったんだ……。ヤバい、試験勉強、全然進んでないよ」 「……和馬、相変わらず眠り姫なんだな」  俺の声に、目を擦っていた和馬が固まる。 「ア、アンディ! アンディ、意識が、戻ったのか!?」 「和馬がずっと、俺のことを呼んでいたから。戻ってきてやったのだぞ」 「おまっ、相変わらずだな、その口調……」  涙ぐみながら、枕元にあるナースコールを強く押す。 「アンディが……アンドリュー王子が目を覚ましました。大至急来て下さいっ!」  その声を聞きながら、ぼんやり考える。  これから俺は、どうなっていくのだろう。どうすればお前を守れるくらい、強い男になれるのだろうかと――

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