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Please say yes:眠れる森の王子様5
***
アンディの弟、ローランド王子が帰国して、更に三カ月が経った今。最近アンディの顔色に、変化が表れ始めた。執事のジャンさんがいるときは何でもないのに、俺がいるとき限定でうなされる様な、苦痛の表情を浮かべる。
そういうときはアンディの体を抱き起こし、ぎゅっとその体を抱きしめてやった。そして背中まで伸びた髪を優しく梳いてやりながら、頭を撫でてあげると、眉間のシワがすっとなくなり、安堵に満ちた表情に変わるのだった。
「今日は風がとても気持ちいいんだ。お前にも感じて欲しいから、ちょっとだけ窓、開けてやるな」
一方通行な会話だけど、眠っているアンディに向かって、そっと話しかける。突然むくっと起きて、俺の話に答えそうだから――俺がすぐ傍にいると言うことを、知っていてほしいから……
心地よい夏の風がカーテンを揺らして、病室の中に入ってくる。この風を受けて、どんな感想を言ってくれるのだろうか。お前の国との違いを、俺に教えてほしいよ。
「アンディ、お前が眠ることがなかったら、一緒には感じることが出来ない風の香りだ。日本の真夏の香りだぞ、分かるか?」
抱き起こして俺の肩に頭を乗せる。アンディの体重が、愛おしく感じた。
「梅雨が過ぎてから、ずっと晴れてばかりなんだ。お前の瞳と同じ、青い空の色が眩しくて……」
青い空を見ると胸がきゅっとなる。お前のキレイな青い瞳を、思い出すから。その笑顔を見たいから――
サラサラの金髪から覗くオデコに、そっとキスをしてやる。アンディが少しだけ笑った様な気がした。
『王子様のキスでお姫様は目覚めるっていうの、日本の定番だろ? 良かったな』
居眠りしていた俺にキスをして、起こしてくれたアンディ。してやったりな顔して、この言葉を言い放ったんだよな。
「オデコのキスじゃ起きないのか? この唇にキスしたら、起きてくれる?」
外から入ってくる風に長い髪を揺らして、気持ち良さそうに寝ているアンディの唇を、右手人差し指でそっと触った。
「俺は寝込みを襲うなんて、卑怯なマネはしないから。ちゃんとお前が起きてるときに、キスしてやるよ」
目覚めたときに、ちゃんとしてやるから――
アンディの痩せた体を、ぎゅっと抱きしめて俺は誓いを立てた。
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