14 / 38
Please say yes:Yesと言ってほしくて3
***
元はと言えば、アンディを泣かせた俺が悪い。今まで何度、泣かせたことだろう。男のクセに泣き過ぎだろ、まったく……
俺はキッチンの隅から、母親と透馬とアンディが楽しく会話しているのを、こっそり覗いていた。リビングのテーブルにはホットプレートが設置され、夕飯のお好み焼きと焼きそばが、美味しそうに調理されている。
上手にお好み焼きをひっくり返したアンディに、拍手するふたり。炭水化物パーティが、和やかに繰り広げられていた。
「……というワケで、俺ん家でアンディをおもてなししているところです。母親のテンション考えると、そのままお泊りになる可能性が高いんですが、大丈夫でしょうか?」
こっそりため息をつきながら、ジャンさんに訊ねてみる。
元王子様であるアンディを泣かせた俺は、母親からこっぴどく叱られた。勿論、喧嘩の理由なんて聞かれず一方的にだ。母親はアンディを見ながら、しっかり頭を下げる。
『誠に申し訳ございません! ウチの息子が王子様を傷つけるよな、無神経なことを言ったんですよね』
平謝りする母親にアンディは、キラキラすぎるスマイルを浮かべながら、頭を上げるように肩に手を添えて話しかける。
「お母様、頭を上げて下さい。和馬は眠り続けている俺に、献身的な看護をしてくれました。おかげで目覚めることが出来たんです。貴女の様に素敵な方に育てられたから、優しいコに育ったんですね」
『まあ、まぁまぁ……』
「和馬の優しい心遣いに、俺は涙してしまったのです。で、あの後、何を言おうとしていたのだ?」
「そうだよ。何か真っ赤な顔して、口をパクパクさせてたよ、兄ちゃん」
小首を傾げながら、悪意のない問いかけをする透馬。一方、母親の手を取りながら、してやったりな顔して、悪意全開のアンディ。
(どうしてくれよう、この男。何でこんなヤツ、好きになってしまったんだ)
「何だっけ? 忘れた……」
目を逸らし、ふてくされた態度を取りながら言った俺に、母親の鉄拳が振り下ろされた。
お詫びにならないけれど、どうか夕飯食べて下さいという言葉に、アンディが二つ返事で頷き、現在に至るのである。
「和馬さんのお宅のご迷惑にならなければ、ご宿泊は可能です。しかし今日は大層、お疲れでしょう? アンドリュー様をお捜しになるのに、ほうぼう走り回って」
ジャンさんの優しい気遣いに、心がホッとした。俺の癒しだよホント。
「体の方は大丈夫ですよ。アンディのワガママに比べたらですけど。明日土曜で学校も休みなので、そっちに送り届ける前に連絡します」
「こちらこそ、宜しくお願いします。久しぶりに私も、羽を伸ばさせてもらいます」
「あはは、ゆっくりして下さいね。おやすみなさい」
笑いながらスマホを切り、リビングに向かって自分の席に着いた。隣にはアンディがいて、俺の皿に熱々の焼きそばを、たくさん載せてくれる。
「あ、どうも……」
「俺が味付けしてみたのだ、早く食べて、感想プリーズ!」
ワクワクした顔で言われ、そんなアンディの顔もいいなぁとこっそり思いながら、ちまちまと食べた。
相当参ってるよ、俺……。どんだけアンディが好きなんだろ。
俺たちのやり取りを見ながら、ポツリと透馬が呟く。
「アンドリュー王子が兄ちゃんを抱きしめてた姿が、10年前の迷子事件とシンクロしたんだよな、どうしてだろ?」
その言葉に、食べていた焼きそばが鼻に逆流しそうになって、むせてしまった。どうしてこのタイミングで、それを言うんだ。
「相変わらずそそっかしいのだな、ほら早くお茶を飲め和馬」
苦笑いしながら、渡されたコップのお茶を急いで飲み込む。ゴクゴク飲む俺の耳元に、小さな声で囁くアンディ。
「本当は俺が口移しで、美味しく飲ませてやりたいのだがな」
その言葉に今度は口から、お茶を吹き出してしまった。
「兄ちゃん、いつもいつも何やってるんだよ。汚いんだから、もう!」
母親は慌てて、ふきんを台所へ取りに行った。
「兄の世話が出来ることは幸せなのだぞ。喜べ透馬」
「え~、アンドリュー王子みたいに出来た兄ちゃんがいいです。疲れるんだもん、この人」
「こう見えても、外ではちゃんとやっているのだぞ、なぁ和馬。身内だけに見せてるものな、そのドジっぷり」
母親から手渡されたふきんで、あちこち拭きながら、ぼんやり考える。二人に弄られて、ムカつくばかりなんだけど、可笑しそうに笑ってるアンディの顔が、俺は素直に嬉しかった。こうやってまた、お前の笑顔が見られるなんて思ってなかったから。
困惑しながらも、少しだけ幸せを感じていた俺。
この後、今以上に困惑することが起きようなんて、まったく予想していなかった。
ともだちにシェアしよう!