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12.裏切りと信頼 -2

「何をしでかした」 「五年前のことです。おれが口を滑らせたから祐仁をあんな目に……」 「春馬か」 あのあと祐仁は大学に出てくることはなく、話す機会もなく別れさせられてなんの弁明もできていない。 組織がわざわざ経緯を話したのか、颯天は祐仁の口からすんなりと春馬の名が出てくるとは思わなかった。 「聞いたんですか」 「そのくらい察せられる。おまえは拉致(らち)されるまえ電話でおれと話したばかりだった。おれが拉致されたのも大して時間差はない」 「すみません。祐仁が話してくれた組織のことを喋ってしまったんです。監視されていると思え、ってつまり仲間内でも油断するなってことですよね。おれは油断しました」 「おれは漠然と説明しただけで、ちゃんと組織のことを教えていなかった。おまえのせいにしてもしかたがない。おれは目先の欲求に負けて油断した。それだけだ」 目先の欲求とは、いまはもう欲求もないと颯天に釘を刺しているのだろうか。 それを確かめるには訊ねにくい。 ガキのままか、とそう云った祐仁の言葉を思いだすと、答えは颯天の希望するものではないことが明らかだ。 「工藤さんはいまどこですか? 案内されたときは見当たりませんでした。隅から隅まで見たわけではないですけど」 再会して颯天がばかみたいに期待していたことは祐仁も知っている。 いま落胆したのは期待を捨てきれていない証明で、それを祐仁が見越している気がして、颯天は取って付けたように春馬の話を持ちだした。 「アンダーのブルーに変わった。情報収集に役立っている」 「情報収集?」 「おまえと一緒だ。躰を武器にして組織の役に立ってもらう」 ブルーといえば多岐にわたり躰を張る仕事で、業務内容は違ってもホワイトと立ち位置は変わらないはずだ。 エイドからブレーンに昇任することさえ難しいのか。 けれど、祐仁はブレーンからエリートを越えてフィクサーにまで上り詰めた。 さらに上に行くなら、ヘッド直属の側近(トラスター)か、もしくはヘッドしかない。 「……工藤さんは上に行かれてるのかと思ってました」 「おれを裏切るということがどういうことかわかってない。その結果だ」 祐仁は淡々としながら冷酷さを剥きだしにした。 (もく)したまま人を黙らせるのは祐仁が上に立つ資質を備えているからだろう。 颯天に向けられたものではないとわかっていても口を開くのははばかられ、静かな怒りはテーブルにメニューがそろうまで続いた。 注文したものを一度に持ってくるよう云いつけていたとおり、四人掛けのテーブルには所狭しとプレートが並んだ。 ハンバーグにステーキ、そして生姜(しょうが)焼きなどやたらメーンディッシュが多く、素揚げサラダにポテトという、どう見てもカロリー過多な料理ばかりだ。 そもそも外食はそんなものだが、それ以前の問題で―― 「おれ、いまこんなに食べられませんよ」 と、無理強いされるまえに颯天は申告をした。 家にこもりがちで少食になったのは事実であり、沈黙を破るきっかけにはなったものの、はねつけるような気配で祐仁はじろりと颯天を睨みつけた。 「それでも食べろ」 反論は聞きたくないとばかりに命じると、祐仁はさっさとカトラリーボックスからナイフとフォークを取りだす。 目の前に置かれたサイコロステーキを一つ、フォークで突き刺して口に入れた。 昼時であり、颯天も腹が空いていないわけではない。 祐仁を倣って目の前にあった豚の生姜焼きを半分にカットして口に運んだ。 凛堂会で食べていたもののほうが、よくいえば品がよく、文句をつければ味が薄い。 監禁されていたときは何も思わなかったが、いざ出てみると、ひどい扱いは男娼としての務めに限られていたと気づいた。 もちろん監禁自体がひどい仕打ちだが、純粋な意味での暴力を受けたことはない。 永礼が守っていたのか、初対面のときに颯天が覚悟したことから思うと待遇はけっして悪くなかった。 もっと突き詰めれば、男娼としての務めについては快楽を覚えていた以上、ひどい扱いとは云えないのかもしれない。 「永礼組長のことを考えているのか」 颯天はその言葉にハッと顔を上げた。 何も見逃さないといった目と目が合った。 祐仁はなぜそう思ったのか。 凛堂会での暮らしに思いを馳せていたのだが、永礼のことを考えなかったとは云えない。 ただし、不快さを滲ませた祐仁の声音から感じる意味は違っている。 「……そうですけど、違います」 迷ったままを口にすると、しばらくじっと颯天を見ていた目はすっと滑り落ち、それは無視するかのようでもあった。 「祐仁、まえにEタンクと凛堂会は対極にあるって云われてましたよね。どういうことなんですか」 「それを聞いてどうする」 「どうするって……」 べつにどうするつもりもない。 祐仁が何を気にするのか颯天は考えてみた。 その意が思い当たったとき、祐仁は手を伸ばして颯天が食べていた生姜焼きを取り、かわりに颯天の前には半分になったサイコロステーキが来た。 祐仁は生姜焼きに手をつける。 テーブルに並んだ料理をすべてシェアするつもりか、それが、祐仁と同じぶんだけちゃんと食べろという強制であっても、そんな行為はごく親しい間にしかないはずだ。 現に、大学時代、思いが通じ合った頃のわずかな期間、シェアはよくあった。 颯天は勘違いするなと自分に云い聞かせつつ、祐仁にたとえ別の目的があったとしてもごく自然に見えたしぐさはうれしかった。 「祐仁、おれはEタンクのことを偵察するつもりはないし、永礼組長からそんなことを頼まれたわけでもありません」 嘘は吐いていない。 それは確かで、颯天はまっすぐ祐仁の眼差しを受けとめた。 云われたのはフィクサーを監視しろとだけで、報告しろとまでは命じられてはいない。 監視しろというのだから、当然なんらかの報告を期待しているのかもしれないが、颯天は都合よく解釈して続けた。 「凛堂会との関係を訊いたのは、緋咲ヘッドがおっしゃったからです。おれは永礼組長にうまく取り入って情報をつかんだみたいですね。おれのことなのに、なんのことかおれにはまったくわからない。五年前……もしくはそのあと、おれは知らないうちに祐仁の駒になっていた。ですよね?」

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