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12.裏切りと信頼 -1
祐仁が云った憶えるべきことは知識でも資料でもなく、エリートタンクの掟 とか注意事項とか、そういったものだった。
エリアを超えての交流は原則、末端のエイド間ではできない。
そのエリアの機密保持のためか結束のためか、理由の明記はない。
会社でいう部署異動や転勤など、エリア間の異動もないようだ。
それだけ専門知識を必要とし、優先した組織だという裏づけになる。
有働が説明した、子孫を持たないことは掟としてあったが、それ以上に伴侶を得る場合には認可が必要だと書かれている。
いずれにしろ、颯天が祐仁とそうなれるわけもない。
事実上ということはあり得るかもしれないが、五年半前ならともかくいまは置かれた立場が複雑すぎた。
このさき、ふたりの関係がどうなるのか見当もつかない。
そもそも、おれはEタンクにずっといられるのか?
自分のことなのに自分の意思ではどうにもできず、ふてくされたような気持ちも湧き起こる。
およそ五年、厳密には五年半もの間、永礼に囚われていたときにはなかった感情だ。
祐仁と会うことを夢見て生きる糧 にし、それが叶ったいま、祐仁の変化には戸惑いつつも傍にいることに安堵して、それが甘えとして現れているのかもしれない。
颯天は、前を歩く祐仁の背中を見ながらため息をついた。
祐仁の云うとおり、颯天には成長が見られない。
「なんだ」
「……え? ……ああ……っと……」
祐仁が出し抜けに問いかけて、多少ぎょっと驚きながら考えめぐり、颯天はため息が漏れていたらしいと悟った。
「大したことないならいい」
答えに窮していると祐仁はつれなく退けて歩みを早める。
祐仁が有働に命じたあと、運転手付きの車が用意されたのは十分後、それから研究所を出て街中に行き、車を降りたあと祐仁は颯天を連れていまに至る。
一瞬、後れをとり、颯天は急ぎ足で祐仁の斜め後ろに追いついた。
祐仁は歩行者たちの合間を蛇行することもなく進んでいくが、颯天はそういうわけにはいかない。
たった五年、人並みの生活から離れていただけでこうも戸惑ってしまうものか、人を避けながら人に酔うという感覚がはじめてわかった。
もうずっと、外に出るとしてもこんなふうに街中を歩くことはなく、監禁されていたぶん解放感はある。
監視下にあるのは否めないが、ひょっとしたら祐仁といることの喜びが颯天の心情を解放感にすり替えているのかもしれない。
「あ、すみません」
祐仁を避けた男とすれ違い様、肩をぶつけて、颯天は小声で謝った。
「何をしてる。おれのすぐ後ろにいろ」
祐仁は耳ざとい。云われるまま、颯天は距離を詰めた。
「どこに行かれるんですか」
「腹を空かせては頭も働かない。まずは腹ごしらえだ。もっとも、おまえは頭を働かすよりもまずは体力をつけるべきだな」
祐仁は横目で颯天を見やり、「違うか」と答えを期待していない口調で問うた。
直後、祐仁はビルに入り、階段をのぼって二階にあったファミリーレストランに入った。
大学時代ならともかく祐仁の雰囲気にしてはらしくないと思いながらも、昼時の客が多いなか、祐仁が名乗り当然のようにぽつんと空いた席に案内されると、やはりEタンクらしいと思う。
ふたりは窓際の席で向かい合って座った。
「老舗 の料亭だったり、高級レストランでも期待してたか」
颯天が店内をひととおり見渡したあと、それを見守っていたかのように祐仁は声をかけた。
「いえ、こういうところは大学時代……フィクサーUと……」
「その呼び方、ここでは――仕事外では控えろ」
「あ……はい。……」
返事をしつつ、それならなんと呼べばいいのか――朔間さん、と大学時代、先輩として接していたときのように呼べばいいだけの話だが――颯天が思案していると。
「祐仁、でいい」
どう解釈していいのかわからない。いや、勘繰るのは颯天の希望がそうさせているだけで、祐仁は表も裏もなく、ただストレートにそう云っただけだ。
はい、とうなずきながら、颯天はなんの話をしていたか一瞬考えてから思いだした。
「こういうとこ……祐仁と付き合うまえに、時生 たちと来たのが最後でした。田舎から東京に出てきたっていう感覚に似てるのかもしれません」
「妙に静かな場所に行くと、話したいことも話せない。ここは程よく煩(うるさ)いから聞き耳を立てられることがない」
颯天は同情を買うつもりで云ったわけではないが、そのあとの祐仁の発言は噛み合っていないようで、その実、なだめるように響いた。
祐仁は店員を呼び、颯天に選ばせることなく勝手に、なお且つ適当にメニュー表を見ながら注文をした。
もともと祐仁は強引な嫌いがあった。
加えていまある素っ気なさはどうやったら取り除けるだろう。
「話せないっていうのは監視されてるからですか。……盗聴も?」
店員が立ち去るなり颯天は訊ねた。
「至るところに防犯カメラが設置される時代だ。盗聴もネットも、疑えばきりがない。
けど、おれとヘッドとの会話は聞いていただろう。
もし二十四時間監視され、盗聴されているなら、おれが立ちまわるまでもなく当然ヘッドは裏切り者がいるか否か、いるのならそれがだれかを知っていて、わざと泳がせているのでないかぎり組織は放っておかない。
わざと泳がせてるのなら、おれがやってることは邪魔になる。
ほかのことに手を尽くせるのに、そういう貴重な時間をおれから奪うのは無駄だ。
とどのつまり、不必要に監視されているわけじゃない」
「けど心得にありましたよね。『監視されていると思え』って」
「あくまで『思え』だろう。常に規律を正せよ、ということだ。トップが部下を信用できないようでは組織として崩壊しているも同然だ。逆も然り。疑惑を抱えていながら忠誠心が生まれるはずはない。少なくとも、簡単にその存在を外に漏らしてはならないという性質を持った秘密結社は、信頼で成り立っているべきだ。上昇志向のもと多少、鎬 を削ることはあっても」
「それは裏切り者がいるってことと矛盾してませんか」
「だから慎重に内偵している。人の心は絶対じゃない。そう思ってるとしたらめでたい奴としか云えないな」
そう云った祐仁は颯天を見ながら、その実、颯天を見透かして過去へと手を伸ばし、すぎた時間を手繰 り寄せているような気配で焦点が合っていない。
颯天も同調して過去へと遡る。
かつて、密告により祐仁もタブーを犯したとして立場を危うくした。颯天のせいだ。
「すみません」
颯天の謝罪は唐突に聞こえただろう。祐仁は首をひねり、怪訝そうに眉をひそめた。
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