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11.秘密結社 -3

緋咲がうなずいたところを見ると、名乗るだけで足りたようだった。 颯天は安堵したあまりため息を漏らしそうになったが、それこそ何か隠し事があると疑われかねない。 とっさのところでため息は呑みこんだ。 じっと颯天を見つめる双眸(そうぼう)から目を逸らさないように努めていると、緋咲はおもむろに口を開いた。 「永礼のお気に入りだそうだな。うまく取り入ったらしいが情報はつかんだか」 なんのことだ? 永礼に気に入られているのは、永礼自身が口にするまでもなく颯天は自覚していたが、取り入るとか情報をつかむとか、おそらく緋咲がいちばん気にしているであろう、肝心の事項が読めない。 なんのことですか、とも訊けない。 颯天独りで緋咲に対応できたのもここまでだった。 颯天は祐仁へと視線を流した。 すると、形のいい祐仁のくちびるがわずかに歪んだ。 笑ったのだろうか。 緋咲が颯天の視線を追って祐仁を見やる。 その目に捕らえられるまえに祐仁はくちびるを真一文字に戻しながら、緋咲へ目を向けた。 「緋咲ヘッド、申し訳ないのですが立ち入ったことはまだ話せる状況にありません」 「どういうことだ」 「裏切り者がいるかもしれない、ということです」 「裏切り者?」 「ええ」 「私にも云えないのか」 「私の勘違いということもあり得ますので。緋咲ヘッドに無益な労苦を負担させるわけにはいきません」 「だが、まったく知らされないことがあってはならない。組織にとって枢要であればなおさらだ。フィクサーが動いているからにはそういうことだろう」 「ですからこうやって話しています。私の取り越し苦労であればいいのですが。また報告させていただきます」 祐仁は強引に話を切りあげようとしている。 颯天が察するくらいだ、緋咲も当然わかっているだろう。 張りつめた空気はいまにも暴発しそうだ。 緋咲は絶対の権力者で、そうわかっていながら祐仁は臆することもなく、それどころか挑むようにも見える。 緋咲の不興を買うのではないかと颯天のほうがびくびくした。 緋咲は追及するかと思いきや、ふっと薄く笑って首を横に振った。 「いいだろう。フィクサーU、私が受けていたもう一つの報告とは異なって、忠実な部下を持っていたようだな」 緋咲は云いながら颯天を横目でちらりと見やったあと祐仁へと目を戻し、 「もういい、下がれ」 と顎をしゃくった。 「失礼します」 祐仁は即座に一礼をし、颯天もそれに倣うと、二人の男が門番のように頭を下げるなか部屋を出ていく祐仁に従った。 廊下に出ると、颯天はほっと肩を落としてあからさまにため息をついた。 「ゆ……フィクサーU、……」 「ここでは話せない。わかっていると思ったが」 祐仁は前を向いたまま素早くさえぎった。 「どこでなら話せるんですか」 気づいたときは突っかかるように云い返していた。 祐仁は歩きながら颯天を一瞥する。 「反抗期か。それとも、さっきまで良い子ぶってただけか」 「どっちでもありません。わからないままで、フィクサーUの足を引っ張りたくないからです」 そう云ったところで祐仁は振り返りもせず、広い背中からは何も窺えない。 来た道を引き返し、祐仁のオフィスに戻るまで沈黙したままたどり着いた。 訊きたいことは山ほどあったが、なかに入れば有働がいてままならない。 「フィクサーU、動いているのはやはり関口(せきぐち)組のようです。中国との通信が異常に多くなっています」 有働の報告を受けてうなずいた祐仁は颯天を見やった。 「颯天、関口組の名は知ってるか」 颯天が自ずと聴き耳を立てたのを察していたようで、祐仁は訊ねるというよりは確かめるように問うた。 「はい」 今度は颯天に向かってうなずくと、祐仁は有働に目を戻した。 「車を用意してくれ。颯天と出かける」 「承知しました」 祐仁は話す機会を作ってくれたのか。 話すことよりも祐仁とふたりきりになれることに浮きだってしまうのは不謹慎だろうがどうしようもない。 「颯天、おまえがまず憶えるべきことはそこにある。出かけるまで頭に叩きこめ」 「はい」 颯天は即座に返事をすると、祐仁が指差して示したデスクに向かった。

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