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13.忠誠はだれのために -2

機械的に足を運んでいた颯天はふと足を止めた。 それに気づき、数歩先に進んだ祐仁はおもむろに立ち止まって振り向く。 「祐仁、もしかして清道大学はEタンクの新人の発掘場ですか」 祐仁はおどけたように眉を跳ねあげ、鼻先で笑った。 ばかにしたのではなく、おもしろがっていて―― 「颯天、その反応のよさはおれが見込んだだけのことはあるな」 と、自画自賛ともいえる言葉を吐いた。 再び、行くぞ、と顎をしゃくって颯天に歩くよう促す。 颯天は小走りになって祐仁の隣に追いつき―― 「どういうことです? 清道理事長はEタンクの協力者ですか」 必然的に思いついたことを急くように訊ねていた。 「それ以上だ」 「それ以上って?」 「清道理事長はEタンクの会長(チェアマン)だ」 「え……?」 祐仁の答えに颯天は混乱した。 Eタンクにとって目障りな凛堂会の永礼と、Eタンクのトップである清道が(つる)んでいるのはどういうことだ? 祐仁はそれを知っているのか否か。 わからない以上、じかに訊ねるのもはばかられる。 「ブレーンだったときは会長だとは知らされてなかったくらいだ、よほどの重大事が発生しないかぎり、清道理事長が動くことはない。実質的には緋咲ヘッドの意向でEタンクは動いている」 そんな言葉が続けば、よほどの重大事が発生したとしか考えられない。 清道は颯天に働きかけ、それはつまり清道自らが“動いている”のだ。 それなら祐仁を監視することにどんな意味があるのだろう。 颯天の不安をよそに、祐仁はさっきの話を続けた。 「春馬をEAに引っ張ったのはおれだが、Eタンクにスカウトしたのはおれじゃなくアンダーサービスの管理者(エリート)だ。その時点で、おれは試されていたか、もしくは嵌められていたかもしれない」 「どういうことですか」 「最終的に何が目的かはわからない。けど、おれを蹴落とそうという意思が働いていたってことだ」 「……いまは?」 「どうだろうな」 颯天はやはり不安に駆られる。 永礼と清道は、祐仁を再び蹴落とそうとしているのか。 そんな加勢などしたくない。 ただ、その感情のままに動いてまた祐仁の足を引っ張ることだけは避けたい。 「祐仁、工藤さんと凛堂会と関口組と、どんな関係があるんです? さっき工藤さんが一緒にいた人はだれですか」 「春馬が一緒にいたのは関口組の組員だ。凛堂会はその性質どおり、法を犯すことをなんとも思わない。ただ一つ、永礼組長が嫌っているものがある。薬物だ」 「薬物? ……麻薬とか、そういう意味ですか?」 云いながら颯天は思い返した。 そういえばこの五年、薬物を見たこともなければ話も聞かず、もちろん颯天が使われたこともない。 「ああ。頭をやられるからな。永礼組長は使えないとみれば容赦なく凛堂会から破門する。だからこそ、Eタンクに立ち向かうほどの組織力を持っている。もちろんEタンクのほうが上だ。けど、完全じゃない。春馬がそれを証明している。(ほころ)びだ」 「工藤さんは関口組と何をやってるんです?」 「凛堂会にも綻びをつくろうとしている。薬物を使ってだれが掟破りか凛堂会を惑わせ、内部に不信をもたらすとか、おそらくそんなところだ。組員にばらまいて警察に介入させれば、凛堂会を壊滅状態にすることも不可能じゃない」 「けど、それってEタンクの……緋咲ヘッドが願っていることで、卑怯でも工藤さんがやってることは歓迎されるんじゃあ……」 云いかけたところで、颯天ははたと思い当たった。 「もしかして……祐仁、工藤さんのバックって緋咲ヘッドですか?」 祐仁はちらりと颯天を見やったが、答えはいつまで待っても返ってこない。 颯天は何がなんだかわからなくなっていく。ひょっとしたら、祐仁にとって周りは敵ばかりだ。 あまつさえ、ますます颯天の立ち位置は不安定になった。 「颯天、おまえの仕事だ。関口組長に取り入って何をやるつもりか喋らせろ」 まずは腹ごしらえだ、とそのときとまったく変わらない調子で祐仁は仕事を命じた。 取り入る、ということがどういう意味か、それは明らかだ。 けれど、なんのために? 「凛堂会を……永礼組長を嵌めるんじゃないんですか?」 そうするためには傍観していればいい話だ。 「おれはそんなことはひと言も云っていない」 「けど……」 「おまえがどれだけ永礼組長に忠実なのか知りたかっただけだ。おれのために、永礼組長のために、おまえは躰を張れるだろう」 祐仁は極めて理性的だった。

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