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18.お気に入り ー3
「そう昂奮 するなよ」
「昂奮するなって云うほうがおかしいでしょう!」
「颯天、バカだなぁ、おまえは。良く云えば、純粋なんだろうけど」
と春馬はほくそ笑み――
「おまえ、よっぽど永礼組長に可愛がられてたらしいな。四人くらい、殺ろうと思えば殺れただろうに、おまえのためにそうしなかった」
と、永礼にもまた呆れ返ったふうに春馬は首を横に振った。
本当に可愛がられているのかはわからない。
フィクサーUの動向を知った時点で、永礼から課せられた颯天の任務は終わったかもしれず、颯天が見棄てられたという可能性はある。
だからといって、関口組の計画に加担しているふりをしている以上、いまそう反論するわけにはいかない。
「工藤さん、だから、おれは役に立てると云ったんだ。それなのになんでこうなってるんですか?」
「おまえはさぁ、ほんとに可愛がられてるよ」
「それはさっきも聞きました。おれが訊きたいのは……」
「まったく違うことを云ってるつもりだけどな。おまえはやっぱりどんなに下級の男娼でも、バカみたいに無垢だ。どんな奴だろうと人をどこかで信用してるだろう。だから、おれのことを疑いもしない。おれは逆だ。なんでもかんでも疑ってかかる」
春馬は場違いにも見える、可笑しそうな笑みをこぼした。
目を見ても作り笑いではなく、本当におもしろがっている。
颯天は春馬の言葉から真意を探った。
「……工藤さんを信用したおれがバカだって云いたいんですか」
「正解」
春馬は再会したときのようにケタケタと興じて笑う。
「おれを……騙したんですか」
春馬は首をかしげて颯天を覗きこむ。
「騙したのはお互い様なんじゃないのか」
「……お互い様?」
「おれは伊達に組織に入れたわけじゃない。見る目があったか、なかったか、それはなんとも云えないけどな、一つだけ、おれを見くびったのは大間違いだ。不本意な場所に置かれても、おまえは自分から逃げようともしなければ、その場所を利用して伸しあがろうともしない。何をしなくても、才能がなくても気に入られて可愛がられるのは逆らわないからだ。そういうおまえみたいな受け身の人間とおれは違う」
「ち――」
違う、と反論しかけて颯天は口を噤んだ。
凛堂会に引き渡されたときは祐仁に裏切られたと思った。
けれど、希望は捨てきれずに、どうにか生き延びてきた。
いま捨てなくて正しかったと思うが、それはあやふやな未来でしかなかった。
あまつさえ、今回の陰謀では永礼のことをも心配して、嫌悪するどころか情を植えつけられている。
受け身だと云われれば否定はできない。
「監視なしでは一歩も部屋を出られなかった。おれは、いまやっとチャンスを得て工藤さんと関口組の計画に加担している。ただ受け身でいたわけじゃない」
「へー、一往 は気に障るわけだ」
春馬は人を喰ったような云い方をした。
こうやって春馬と行動をともにしてきても、昔あった隔たりが埋まることはなく、どこかよそよそしさを感じていた。
それはよそよそしさ以上に、敵がい心だったかもしれない。
「おれにだってプライドはあります」
「あー、じゃあちょっと名誉回復してやる」
春馬は鼻先で笑い、
「一つだけ、権力者に取り入るのがおまえの才能かな」
と颯天を侮蔑した。
「おれはだれにも仕える気はないし、そんなことはどうでもいい。早く自由になりたいんだ。それなのに、なんで拘束されなくちゃいけないんですか? 約束が違う! いいかげん手錠を外して服をください!」
「颯天、聞いてなかったのか」
春馬はゆっくりと首を横に振って続けた。
「おれはおまえみたいに能天気じゃない。おまえが裸同然にされた理由をわかってないのか」
「……なんですか」
春馬は知っているのか。颯天はびくりとしながらも惚けた。
「おまえがだれのために動いているか、おれは知っているということだ、颯天。おれがおまえを信用すると思うか。あのひとの庇護下にいるおまえを。あのひとなら、確実に情報を取るために盗聴器くらい仕掛けてそうだからな」
颯天は春馬を凝視した。そうやって、春馬の意図を探ろうとしたがわかるはずもない。
「……もしそうだとしたら、工藤さんの裏切りも知れてますよ」
「承知のうえだ。そういうふりをしていた、って、すべて終われば云い訳が立つからな」
「すべて終わるって……」
その言葉には、殊更 なんらかの自信に満ちた陰謀が見えた。
「まあ見てろって。おまえの処分は関口組長の意志一つでどうにでもなる。また取り入って飼われたらどうだ? 気に入られてるみたいだし」
春馬は云い放ったあと、含み笑いをしてはまた含み笑うということを繰り返した。
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