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18.お気に入り ー2
そこから永礼が現れる。素早く現状を把握する間も、最後に颯天を見定めても表情は変わらず、そしてため息をついただけで威圧感を与える。
颯天の肩をつかんだ手がたじろぐのを感じた。
「手荒い訪問だな。で、颯天、どうした」
永礼の声は室内に反響し、それはふたり以外だれも存在しないかのような効果を持つ。
その瞬間、颯天に時間の流れを無効にさせた。
会わなくなって三カ月もたっていない。
あえなく時間が退行するのは無理もなかった。
まるで条件反射か、もしくは呪文が発動されたか、颯天は以前のように従順さそのものの声音で、はい、と口を開いた。
「永礼組長、秘密結社、わかりますよね。そのフィクサーUが凛堂会を嵌めるつもりです」
「なんのために」
颯天は急くように云い、そして凛堂会の男たちが、何!? と意気込むなか、永礼は独り、動じることもなく問い返す。
「トップに取り入るためです」
「そのためにフィクサーUが関口組と組んだというのか。薬物の件も?」
颯天はためらう。
アンダーサービスエリアのフィクサーを監視するよう命じられて、颯天はEタンクに落とし前として潜入させられた。
その命令は普通に考えれば、フィクサーの行動を怪しんでいるという前提があるに違いなく、颯天が永礼の問いかけに肯定すればそれを裏づけることになる。
颯天の迷いを察したように肩をつかむ手がきつくなった。
祐仁が自分の身を自分で守ると云ったことに懸けるしかない。
そうしなければ目的も果たされない。
颯天は覚悟を決めるべく息を呑み、それからうなずいた。
「そうです。関口組に入って僕は聞いたんです。関口組長とフィクサーUが……」
「ということだ」
颯天に最後まで云わせることなく関口組の男がさえぎった。
直後、目の前に何か落ちてきたかと思うと猿ぐつわをかまされた。
んんっ!?
それは予定外のことで、颯天は軽くパニックに陥る。
シャツのボタンを弾き飛ばしながら胸もとをはだけられ、刃物を持った男はアンダーシャツを引き裂き、また別の男がベルトを外した。
上半身が裸になり、羽交い締めにされた次にはカーゴパンツが引きおろされた。
「こいつはいろいろ知りすぎた。悪いがこっちで始末する。永礼組長さんよ、あとは我が身を案じることだ」
ふぐっ。
放せと云ったつもりが少しも言葉にならない。
どこかで計画がすり替えられた。
そう理解しながら颯天にはどうすることもできない。
自由になるべく躰を激しくひねったとき、左肩の鎖骨の下に刃物が突き立てられた。
ぐっ。
突き刺されたわけではないが、すっと下に引かれれば、ひりひりとした痛みが走って颯天は布を咬みしめて悶えた。
ひと筋の赤いラインがだんだんと太くなって下へと伝っていく。
関口組の男は見せつけるように刃物をかざし、にやりとして永礼を挑発すると、行くぞ、と颯天を引きずるように歩かせながら凛堂会の事務所をあとにした。
どういうことなんだ!?
叫んだところで、猿ぐつわをかまされて颯天は呻くような声しか出せない。
なんにもならないとわかっていながら躰をよじって抵抗し、何度も転びそうになりながら階段をおりた。
さきの歩道には二台の車が横付けされている。
颯天は二台めの車の後部座席に連れていかれた。
後ろにまわした手に冷たく固いものが触れ、カチャリとした金属音がする。
おそらく手錠だ。頭を押さえつけられて、無理やり躰を押しこめられた。
すでに隣にだれかが座っていたと気づいたのはその直後で、その人物によってシートベルトが装着されると、颯天はさらに身動きができなくなった。
「相変わらず、情けない恰好が似合うな」
侮った声に、颯天はハッとして隣に目を向けた。
一瞬、言葉に詰まる。
それ以前に言葉を発することはできない。
車が急発進して背中がシートに押しつけられ、手錠が手首にも背中にも食いこむ。
猿ぐつわをしていなければ、不満をぶちまけるところだ。
その結果、舌を咬んでいたかもしれない。
それが幸いだったとしても、颯天がラッキーだったと思うには程遠い。
車のスピードが安定したところであらためて隣を振り向き、颯天は睨めつける。
返ってきたのは気取った笑みだった。
颯天の顔に手が伸びてくると後頭部にまわって、晒し木綿の結び目をほどいた。
「……工藤さん、おれは好きでこんな恰好してるんじゃない。されたんだっ。どうなってるんです? どういうことですか!?」
解放されたとたん、颯天はまくし立てた。
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