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22.走破~無自覚の求愛~ ‐6

「あいつらが盗聴を怖れておまえの服を脱がせたところで後の祭りだ。取引場所はすでにわかっていただろう。奴等がどこで時間を潰していたかもわかっている。戦略として待ち伏せするのは基本中の基本だ」 「おれが工事現場に入ったときはすでにいたってことですか」 「ああ、凛堂会とEタンクからそれぞれスナイパーを派遣して有働に指揮を取らせていた。云い訳を一つすれば、盗聴の目的はおまえを守るためでもあった。何かあったときにすぐに対処できるように。なお且つ、凛堂会が奇襲をかけられたときは同時進行で監視カメラの映像を提供してもらっていた。時間潰しで使われた店にも隠しカメラが設置されていたし、移動中もずっと監視していた」 何も怖れる必要はなかった。 祐仁は待ち伏せを主導するだけにとどまらず、常に颯天を見守っていたのだ。 「スナイパーって……あの人たちはほんとに死んだんですか」 「Eタンクの存在価値は、国としての損害を最小限にとどめる役目を担ってきたことにある。いざとなったとき君臨するために存在するのであって、Eタンクは正義の味方でも善でもない。そうわかって国を一歩引いた目で見ると、そこら辺のフィクションよりおもしろいかもな。昨夜の一件は表に出ることもなく処理される」 祐仁は人を喰ったような云い方をして、興じているようにも聞こえる。 抜けるにも抜けられないと云ったこともあったが、いまや祐仁はすっかりEタンクの人間だった。 「政治家たちは、Eタンクに踊らされる操り人形ですか」 「踊らせていない。勝手に踊っている。ここぞというときに牛耳る。時には抹殺することもある。社会的にという意味でも、この世からという意味でも。権力を濫用するわけじゃないが、今回、凛堂会の裏切り者も含めて関口組は壊滅させなければならなかった。春馬がよけいなことを喋った可能性がある」 「非情、ですね。それは清道理事長が云っていた『驕り』じゃないんですか。人命を左右する権利は、同じ人間にはないはずだ」 祐仁はしばし黙りこみ、そしてふっと笑った。 尊大なしぐさだが、諦観したような自嘲も見え隠れする。 「そうかもしれない。けど、Eタンクはそういう組織だ。嫌になったか」 「祐仁はおれを見くびってる」 颯天は可笑しそうに笑った。 祐仁は怪訝そうにしながら、問うように眉を跳ねあげた。 いや、問うようにではなく、聞きたい返事を待っているような気配だ。 「見くびってる? おれがおまえを?」 「はい。おれは祐仁と何かを天秤(てんびん)に掛けることはない。それをずっと証明してきた。おれは男娼だ。好きでそうなったわけじゃない。祐仁のためなら躰を張れる。そう思っておれは客に応えてきた。快楽に弱いですよ。けど、気持ちは別だ。そんなふうに見えませんでしたか」 颯天は目に意志を込め、きっとして祐仁を見上げる。 祐仁は喰い入るように颯天を見下ろした。 何かを噛みしめ、そしてあらためて心底に刻みつけている。 そんな気配が伝わってくる。 「おまえは……まっすぐだな。何も……はじめて見たときから何も濁ってない」 「はじめてって大学の推薦のときのことですか」 「そうだ。おれが欲しいと思っていたものをおまえはすべて持っているように見えた」 颯天はかつて祐仁が云ったことを考えめぐる。 「欲しいものが手に入る自由に憧れてたって……そんなふうにおれが見えたんですか?」 「実際、そうだろう。弟の面倒を引き受けられるのは、それだけおまえが親から面倒を見てもらえて愛される環境にいたからだ。おまえは隙だらけだった。昨日もそうだ。自分が犠牲になるのを厭わず、おれの盾になろうとした。おれはちゃんとおまえをわかってるだろう? 見くびってなんかいない」 「けど、結局はおれのほうが祐仁に守られてた」 「おまえは自分をわかってない。いまでも隙だらけだ。永礼組長に大事に扱わざるを得ない気持ちにさせるくらいな。けど、おまえはおれのものだ。だから、おまえをおれに守らせろ」 大学のとき、自分やEタンクについておよそのことを打ち明けられたときも祐仁は颯天を守ると云った。 祐仁が掟に違反をしていることは颯天も薄らとわかっていた。 隠すことはけっして守ることにはならない。 そう学んだ。 「だったら、おれの希望も叶えてください」 「どんな希望だ」 「再会してから祐仁はおれを突き放していた。いまならそれがどういうことかわかる。おれにとって不本意だったことを強いたのは祐仁で、おれを取り戻したからといってチャラにするには自分が許せなかった。でしょう? 祐仁は自分を悪者にしてほしかったのかもしれない。けど、おれを相手に無理だ。だから、独りでなんでも背負おうとしないでおれに分けてほしい。それが希望です。清道理事長と緋咲ヘッドみたいなすれ違いはごめんだ」 祐仁の目が心もとなく揺れたと思った瞬間に、そっぽを向くように顔を背けた。 その奥の心情を――弱さを覗かれたくなかったのか。 そんなふうに感じていると、祐仁は目を戻した。 そこにあるのは、祐仁とはじめてひとつになった日に見た眼差しと同じだった。 切望と渇望と止められない欲望がせめぎ合う。 「望むところだ」 祐仁はひっ迫したように受け合い、笑いかけた颯天の口をふさいだ。 開いていたくちびるの間にやすやすと舌が滑りこみ、するりと奥へと伸びていく。 キスの立場が逆転し、嘔吐いた颯天の舌が祐仁の舌に絡みつき、反動で呑みこむようにうごめくと、祐仁の舌が痙攣して颯天を刺激する。 その繰り返しに颯天が身ぶるいを起こすと、祐仁は顔を上げた。 「今度はおれのばんだ。覚悟しろ。抱き方を憶えるんだな」 「それって……またおれのほうが抱いていいってことですか」 「その気があるなら」 「おれにその気があるっていうよりも、フィクサーが男娼に()とされたがってるんだ。そうでしょう?」 「生意気な口を利く」 と云いながらも祐仁は否定しなかった。 「遠慮なんかしない」 颯天が宣言すると、祐仁はくぐもった笑い声を立てた。 「颯天、おまえはもうだれの男娼でもない。おれが唯一抱き合う権利を持っている男妾だ」 祐仁もまた宣言をする。 もしくは宣誓だろうか。 「おれたち、本当に一緒にいて――一緒に住んでいいんですか」 「今回のことで、おまえは犠牲を払ってEタンクに多大な貢献をした。その上で掟が変わったときに反論できる奴はいない」 「……もしかして、おれを使ったのはそのためですか」 「かなりの自制が必要だったが……これ以降はだれにも触らせない」 その声から感じたとおり、祐仁の目には苦悩が映る。 「少なくとも祐仁がそう思っているかぎり――ヴァージンも童貞もおれの意思で祐仁に差しだした。愛してる、その証しに。祐仁以外のだれもこのおれの領域はもう侵犯できない」 颯天はそんな誓いを立てられずにはいられなかった。 「颯天……」 祐仁はそれっきり、ただ颯天を見つめる。 切迫したあまり声を詰まらせたような様子で、言葉を継ぐまでに時間を要した。 かわりにくちびるを合わせると、そのまま時間が止まったように微動だにしない。 同化していくような感覚に襲われた頃、離れるのを惜しむかのように祐仁はくちびるに吸着しながら顔を上げた。 「おれも愛してる。おまえと同じ証しを立てられなかったことを悔やむくらいな。だから、いま以上におまえを愛させろ」 ほんのくちびるの傍で祐仁は囁いた。 至福が颯天のくちびるに表れる。 「喉が渇く」 祐仁は無自覚に呻いた。 The conclusion. Many thanks for reading.

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