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第8話

◆ 瀬戸商店にも休みはある。 毎週水曜日。 平日の中日という日程は、卸先の飲食店の休日に配慮したものだった。元々個人商店である為に、あまりハッキリとした休みは無いに等しいが一応シャッターも下ろして定休日としている。 前の会社に勤めていた頃は体育会系な職場な事もあり、先輩との付き合いで休みはほぼ潰れていた。予定がなくとも此処よりは都会だった事もあり時間を潰す方法はいくらでもあった。 「今日は何すっかな…」 高校時代は寮に入っていた為、中学までの地元の友人もほぼ縁が切れてしまっている。 田舎過ぎて特に娯楽もない。 最近は野菜の勉強がてら農園の農作業を手伝ったり、仕入先を回ったりしていて、真は完全に休日を持て余していた。 「とりあえず、外に出るか…」 家に居ては始まらないとばかりに車のキーを掴むと、特に目的地を決めずに家を出た。 暫く走り続け見知った人影を見つけスピードを緩める。いつものコックコート姿ではないが、葵だろう。柔らかな髪が風に吹かれ、爽やかなシャツとボトムスがよく似合っていた。 この地域の飲食店は水曜定休が多いが、もれなく葵の店も水曜日が定休日だ。いくつか袋を抱えて歩く姿を見ると、どうやら店の備品を買って帰る途中なんだろう。 歩道にゆるやかに付けて窓を開ける。スピードを緩めて隣に付けて来た車を不審に思ったのか葵の視線がこちらへ向かう。 「葵さん!!」 「……こんにちは」 声色はにこやかに挨拶を返したものの、葵の表情はゲッと苦虫を潰したような相貌になっている。 「買い出しの帰りですか?乗って行って下さい!」 「…遠慮しておくよ」 「葵さんの足になれるなら喜んでなりますよ」 「あのねえ、瀬戸くん……」 ここでクラクションがひとつ。葵に合わせてゆるゆると車を並走させているので、あまり通りの少ない道路でもクラクションを鳴らされてしまった。 へら、と笑いながら見上げてくる真に溜め息をつくと葵は助手席の扉へ手を掛けた。 「まさか葵さんとドライブ出来るなんて思ってませんでした」 「かなり強引だったけどね…喧しいタクシーにでも捕まったという事にしておくよ」 チラリと恨みがましい視線を送られつつ、鼻歌を歌いハンドルを切る。少し葵の仮面が剥がれて来ている。 「葵さんの私服初めて見たので、新鮮です。似合ってて素敵です」 「そ、そう……」 純粋な好意には酷く返せないらしく、褒めるとタジタジになる葵が可愛らしい。 好きな人を困らせて楽しくなるだなんて、いつからこんな意地悪な男になったんだろう。きっと恋が馬鹿にさせているのだ。 車内の甘い雰囲気を変えようとしたのか、葵から話を振ってくる。 「瀬戸くんは、今日は何してたの?」 「いや〜休みを持て余してとりあえず外に出た所で葵さんを見かけて。…ドライブデート出来たので外に出て良かったです」 「なんだよそれ、デートじゃないし…行き当たりバッタリじゃないか……ふふっ」 計画性のない真の行動にツボったのか、声を震わせて笑う。 「……久々に葵さんと話せました。なんで俺の事避けてたんですか?」 おおよその理由は検討はついているが、葵の口から聞きたかった。 「避けてなんかないよ…思い違いじゃないかな」 これも想定した答えだ。薄々感じていたが、葵は少々捻くれている所がある。素直に答える筈もなく、しらばっくれるのは目に見えていた。 「……瀬戸くん、これどこに向かってる?」 周りに視線を走らせ、店への帰り道のルートから外れている事に気付いた葵はキッと運転席の真を睨みつけてくる。 「折角だからドライブデートしようと思って」 「降ろして」 「変な所には連れて行きませんよ、葵さんも楽しめます」 歳下に振り回されるのが気に食わなかったのか、猫かぶりも剥がれてブスッとした顔のまま助手席で沈黙を貫いている。 美人は怒ってても可愛いなーーなんて、口に出して言ったらもっと不機嫌にさせるだろう。けど、貼り付けた笑顔よりはよっぽど魅力的だ。 「着きましたよ」 「…農園?」 車を降りて勝手知ったる農園を進む。葵は訳も分からず後を追って来ているが、物珍しいのかキョロキョロと周りを見渡しいる。 「初夏から夏が旬ですけど最近暑いからもう食べ頃ですよ」 「ブルーベリー?」 簡易的なビニールハウスに囲まれたブルーベリーの木が並ぶハウスへずかずかと入っていく。 「瀬戸くん!勝手に入ったら怒られるだろう」 「大丈夫です、ここ親父の畑なので…まぁ管理は手が回らないので近所の方に手伝って貰ってるんですけど」 かと言って勝手に入るのはどうかとも思ったが、この田舎はそういう所は緩いのだろう。 「ほら、葵さん…あーん!」 「………ん、」 身が弾けそうなくらいプリプリと肥えたブルーベリーを一粒差し出され口にいれる。 温室に入っている為ブルーベリーもじわりと温かく、ほどけるように溶けていく。普段は味わえない新鮮さと甘さに驚き、目を見開いてしまう。 「おいしい…」 「こうやって摘みながら食べるのも楽しいでしょう?」 からりと笑う真を眩しそうに見つめる。太陽のような男だ。 まだ初夏とはいえ、温室の中は高温になっている。じっとりと暑く真のこめかみから汗が伝っている。 「ん、おいしい!」 パクパクとブルーベリーを食べている真をぼんやりと見つめるうちに、葵は無意識に手を伸ばしていた。 「ング、んん??!」 がっしりと真の頰を捕まえ唇を合わせる。 色気もへったくれもない、乱暴な口付けだった。くちゅり、と音をたてて舌を差し入れ、真を口腔を掻き回す。 甘酸っぱいブルーベリーの味がした。 「…は、はぁッ……葵さん?」 「……っ」 自分からキスをしたにも関わらず、葵は自分の行動に驚いている様子だった。 突然キスされてビックリしたのは自分の方だーーと真は言いたかったが、葵の様子がおかしい。

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