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第1話

どうしたって許されない恋をした。 どうしたって交わらない愛を知った。 それでも、貴方と貴女に出会えたことを今でも幸せに思うよ。 「……痛…」 揺れる煙草の煙が目に染みた。 澄んだ空気が滲んだ涙と煙を溶かしていく。 「トモ、行かねーの?」 「行く行くー」 短くなった煙草を揉み消して、急かす声へと駆け寄った。      * * * * * * *  ─────5年前、17歳の冬。 冷たい風が容赦なく吹き付ける、特別教室棟に繋がる渡り廊下。 櫻井灯唯(サクライトモイ)は新学期に入って何度目か呼び出しに応じていた。 「それでね、もし良かったら付き合ってほしいなって」 まともに話したこともない隣のクラスの女子が目を輝かせて言う。 可愛いながらも気の強そうな顔からは自信がチラついて見えていた。 その目は期待を込め真っ直ぐ彼を見つめている。 「……気になってる子、いるんだよね」 短い沈黙を前置きして受け入れられない旨を伝えた。 しかし予想だにしていなかったのか、彼女は驚きを隠せない様子だ。 「えっ?」 彼女の反応に灯唯はニッコリと笑みを返す。 「だからごめん」 「あっ、ちょっと…!」 呼び止める声を更に笑顔で制し背を向ける。 もう慣れてしまってほとんど感じなくなった罪悪感より、ただただ身体に痛い冷たい風から逃れるように校舎に入った。 「とーもっ!」 ガクンッ 「いったぁ…!…んだよ、カンジ…っ」 教室に入ろうとした瞬間、不意打ちの衝撃に首が大きく揺れた。 「またフってきたんかぁ?モテすぎんのも辛ぇな〜」 灯唯が今しがた済ませた用事を唯一知る友人•木之本環慈(キノモト カンジ)が揶揄したように笑う。 見慣れた顔を乗せられた肩が熱い。 「…お前が言うな」 皮肉なつもりだったが環慈はそう取らなかったようだ。 笑うと切れ長の目がくしゃっと無くなって、普段キツく感じる顔が人懐こいものになる。 そんな表情を見て、灯唯はとつくづく思った。 コイツ本当に人のこと言えないだろ…と。 この笑顔に騙された女を灯唯は何人も知っていた。 溜息をついた彼を他所に、環慈は左に回って肩に腕をかけると再び覗き込むように顔を寄せる。 「お前もったいねぇよ?せっかく向こうから寄ってくんのに」 「何だよソレ…」 へへっと照れに似た笑いを確認して、自然と眉根に力が入るのが分かった。 「…環慈、お前もしかして好きなヤツでも…」 「バーカ、勘違いすんなって。……まぁ女はデキたけどな」 「いつの間に…。今年だけで4人目だぞ」 「俺モッテモテだから」 「いつか刺されるかも」 本音混じりの悪態を吐いても、環慈はそんなこと全然気にしていないようだ。 灯唯はまた一つ溜息をついた。 (分かってるんだけどな…コイツが来る者拒まずなだけなのは) そう、言い寄るのもさっさと見切りを付けるのも女の方だ。 今までの様子から長く続かないことは容易に想像できているのだが、それでもこの手の報告を聞いた時は胸がモヤモヤしてしまう。 「………俺帰る」 「はぁ?」 つい口から漏れた現実逃避に、今度は環慈が眉を寄せた。 「今日バイトだし、それまで寝たいし」 取って付けたような言い訳だ。 実際まだ午後の授業は残っているのだが、受ける気分じゃない。 絡む腕からすり抜け、まだ休み時間を堪能する生徒でザワついた教室へと逃げ入る。 毎度のこととは言えやはり女の話するのは居心地が悪いのだ。 机の横に吊るしていたカバンに必要な物だけ雑に詰める。 「マジで帰んの?」 不満そうな声が背中に痛い。 「ん。お前は頭悪ィんだからちゃんと学んどけよ」 「うっせー」 まともに環慈の顔を見れないまま、何気ない様を装いつつその場を後にする。 自分の不甲斐なさとやり場のない感情に自然と歩みが早くなった。     * * * * * * *  ─────いつからこんな不毛な想いに捕らわれるようになった? あいつは男なのに。 ただ隣で笑っているだけなのに。 ただいつも隣にいるだけなのに……。

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