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第2話

灯唯の家から自転車で5分もかからない場所にある、水色と白がイメージカラーのコンビニが彼のバイト先だ。 アルバイト募集の貼紙につられてフラリと面接を受けた結果すんなりと合格してしまった。 そんな適当で大丈夫かよと最初は不安もあったが、働き出してみると勤めているのは気が良い人が多く中々働きやすい店であった。 気が紛らわせることもあり、すっかり慣れた現在では有意義な時間を獲得できている。 「おつかれ様っしたー」 自分のシフトが終わりレジにいる交替の大学生バイトに声を掛ける。 しかしふと向けられたのは挨拶ではなく、何とも困ったと言わんばかりの表情だった。 「トモくん!今のお客さんお釣忘れてさ、これ渡してきて!」 慌てたように差し出された小銭を反射的に受けとる。 「ごめんね!」 先に謝られたら追い掛けるしかない。 慌てて自動ドアに駆け寄り、開くと同時に大きな声で呼び掛けた。 「お客様!お釣!」 「え?」 駐車場を見渡すとそれらしき人物が視界に入る。 振り返ったのはやたら顔の綺麗な女性だった。 ストレートの柔らかそうな長髪が夜風に揺れている。 別段急いでいる様子もないのになんで釣りを忘れるんだと灯唯は内心悪付いた。 「すみません、こちら先程のお釣りです」 スッと差し出せば、驚きつつも小さな白い手が開かれる。 「ありがとう。……ここのバイトくん?」 「はぁ」 つい愛想の無い返事が出たが、そういえば帰り際で制服を着ていなかった。 しかし彼女は全く気にしていないようだ。 「こんなイケメン居たんだねー」 ただ単純に灯唯の顔を褒める彼女からは、今まで頻繁に感じてきた女が媚びる時特有の雰囲気がまるで無かった。 「あー…さっきは裏で帰る準備してたんで…」 「よく来てるんだけど知らなかったなぁ」 下から見上げる瞳は吸い込まれてしまいそうなほど深くて綺麗な色をしている。 そんな彼女に環慈が一瞬重なって、灯唯の指先がピクンと跳ねた。 何を取っても似ている箇所なんてないのに…と不思議な感覚に息を呑む。 「…高校生は20時までしかやらせてくんないンスよ。だからそれ以降によくみえてるんなら知らないでしょうね…」 「えっ、高校生なの?大人っぽいね〜」 動揺して他人に全く関係ない情報を含んだ返事に対しても気にした様子も無い。 それでも視線は灯唯から離れないままだ。 「……そんなに良いツラしてますかね?俺…」 いたたまれなさを誤魔化すよう茶化して言うと、彼女は目を細めた。 「ふふ、自分で言う?してるけどさぁ」 即答されて気まずさで思わず目を逸らす。 彼女の大きな目を見ていると場の空気に呑まれてしまいそうな気がしたのだ。 「あ…それじゃあ俺、帰るんで…」 そそくさと頭を下げてその場を後にする。 数歩進んだところで振り返ると、その綺麗な人はにこやかに手を振っていた。  * * * * * * *  「また苺ミルクかよ」 「いいだろ、好きなんだよ」 昼休み、環慈はパックのジュースに刺した細いストローをがじがじ噛みながらニッと笑う。 先が真っ平らになるほど噛み潰してしまうのはどうやら昔からの癖らしい。 「…俺にも一口くれ」 ちゃんと出てくるのかも怪しいストローを咥えれば、甘ったるい苺ミルクが口に広る。 「甘ぇ…」 「言いつついっつも飲んでんじゃねーか」 ケラケラ笑いながら、返したパックを受けとると彼は残りを一気に飲み干した。 人の気も知らないで…と眉を寄せる灯唯。 しかし前の反応の通り、苺ミルクが好きなわけでは決してない。 環慈が飲んでる物だから欲しくなってしまうのだ。 「………変態っぽい…」 自嘲がつい言葉となってポロリと口から零れた。 ハッと思わず指で唇を押さえたものの、それは環慈の耳にしっかり届いていたようだ。 「あ、分かる!苺ミルクってなんかやらしーよな。だから好きっ」 嬉しそうに顔を近付けて笑う。 そうじゃねーよ…。 勘違いを垂れ流した今なら甘い口元を、灯唯は奪いたい衝動を抑えることに全神経を費やした。  * * * * * * *  「どうしたの?」 「へ?何が?」 「なんか今日、変な顔してる」 バイト先に現れるなりズバリ言う彼女──吉澤香名(ヨシザワ カナ)──は灯唯の顔を見て首を傾げた。 「……女の勘は鋭いなぁ」 つい笑ってしまった。 あの出会いから数週間、彼女は灯唯がバイトの時頻繁に顔を出すようになっていた。 いや、もしかしたら知らいだけで実はほぼ毎日来ているのかもしれない。 買っていくのは彼女にはどうも似合わない銘柄の煙草やビール、菓子などが多かったが。 彼氏がいるんだろうな…と灯唯はぼんやり考える。 しかし交わすのは世間話ばかりで、互いに探るようなことは一切ない。 だからだろうか、灯唯は彼女と過ごすその数分間に心地良いものを感じていた。 「もしかして恋でもしちゃった?」 香名が笑いながら問い掛ける。 本人はからかっただけのつもりだろうが灯唯は少し動揺した。 しかし気持ちとは裏腹に素直な返事が溢れる。 「まぁね」 「おっ?」 「…つってもだいぶ前からだけど」 頷いてしまった手前、開き直ることにした。 何故かそれで良いような気がしたのだ。 フーンと腕を組みながら香名は商品棚に視線を移して抑えた声を出す。 「片想いなんだねぇ…」 「うん」 視線を追うように顔を向けると、どことなく寂しさを含んだ笑みが唇に刻まれていた。 ……彼女も辛い恋をしているのだろうか。 「…俺もうすぐ上がりなんスよ」 「ん?」 「恋愛相談してもイイ?」 予想もしなかったであろう誘いに大きな目がさらに見開かれる。 それでも一瞬後にその瞳は優しく細められた。 「いいよ、何でも聞いてあげる」 何故こんなことを言ってしまったのか、灯唯自身正直分からない。 でも、たったそれだけのことで気持ちが前進したような気がした。

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