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第3話

バイトが終わり、灯唯は帰り支度を手早く済ませると外で待っていた香名の所に向かった。 「待たせてごめん」 謝りながら店を出る前に買ったホットドリンクを手渡すと、彼女は笑顔で応える。 「えっ いいの?ありがとう〜!」 「うん」 「じゃあ行こっか。うちでいいよね?」 「えっ!?」 てっきりファミレスにでも入ると思っていた灯唯はつい声を上げた。 「一人暮らしでしょ?俺行くのマズくない?」 香名が彼を信用した上でそう言っているのは分かっているものの、やはりいきなり女性の部屋に行くのは気を遣ってしまう。 灯唯の複雑な表情を読み取ったのか彼女はケラケラと笑った。 「なーんにもマズくないよ。変な気使わなくていいからね?」 「うん…」 「簡単なものでいいならご飯作ってあげるし」 香名の魅力的な申し出に腹が素直に反応する。 灯唯は顔を赤らめ、そして開き直った。 「それじゃあ…」 しばらく歩きながら他愛も無い会話を繰り返している内に、小さいながらもデザインの凝ったマンションの前に辿り着く。 「ここだよ」 「へぇ、ホント近いね。しかも結構イイ所住んでんじゃん」 「でしょ」 一つしかないエレベーターに乗り込んで3階のボタンが押された。 狭いひんやりとした密室で互いの体温だけが感じられる。 身体にかかる圧力とは裏腹に、灯唯は少し浮かれているようだ。 「養ってもらっちゃおっかな」 「やめてよもう」 小さく音を立てて止まったエレベーターを出て、二つドアを通り越したその隣が香名の部屋である。 見覚えのある猫のキャラクターのキーホルダーが付いた鍵がノブの下に差し込まれた。 どうぞ、と開いたドアの先を促されて灯唯は遠慮がちに中に入る。 「お邪魔しまーす」 綺麗に整頓された玄関とキッチンを抜けると、白と淡い黄色に統一された部屋に着く。 初めて入る女性の部屋に灯唯は緊張していた。 勧められるがままに座り、慣れない空間にぐるりと部屋を見回す彼を見て香名は口角を下げることができない。 「お茶煎れるから。ご飯作ってる間はテレビ観るなりそこら辺の本読むなり好きにしてて」 「はーい」 軽い返事をした灯唯は何となく熱くなった顔を隠すように背けたが、彼女にはバレバレだった。 楽しさでお茶を準備する手もスムーズに動く。 灯唯から伝わるくすぐったいような緊張感は心地良い。 一方灯唯は妙にそわそわしてしまってテレビもまともに見ていられなかったが。 そうこうしている内に気付けば食欲をそそる匂いが漂ってきて、灯唯はそこでようやく自分の腹が減っていたことを思い出す。 「お待たせー」 「あっ美味そう!」 重たそうに大きなお盆を持って香名が入ってきた。 ホカホカ湯気を立てた、見た目も香りも抜群のチャーハンやスープがテーブルに置かれる。 「たんとお食べー」 「いっただきます」 単純な料理ほど優劣がつくものはない。 苦笑されるくらいガッツいて、皿の上はあっという間に綺麗になった。 灯唯自身驚くほどのスピードである。 満腹感を確かめるように腹を撫でる様子を見て香名は満足げに顔を上げた。 「子供みたいだね」 細い指で口元に付いていた米粒が取り除かれる。 あまりにも優しい空気に包まれて、一瞬灯唯の胸は甘く締め付けられた。 ───環慈もきっと今頃新しい彼女とこんな時間を過ごしているに違いない。 不意にここには居ない環慈のことを思い出す。 結局何をしていても彼に結びついてしまうのだ。 「はい、どうぞ」 香名が差し出したお茶のお代わりを見て現実に引き戻される。 「……ありがとう」 「トモ君ってさぁ、あんまりこういうの慣れてないね。モテそうなのに」 灯唯はマグカップを受け取って静かに一口啜った。 良い香りがふわっと広がって心を落ち着くのを感じる。 そんな彼を見つめ、口調は明るいまましかしどこか遠慮がちに質問は続いた。 「彼女いたこと無いの?」 「一応何人かはあるよ。だけど…」 「けど?」 「好きになれなくて……優しくできなくて、結局みんなすぐ別れちゃった」 香名は手にしたカップを置いて次の言葉を待っていた。 どうやら灯唯はこの短い期間に大分彼女を信頼してしまったようで、すべてさらけ出したいという欲求に身体が支配されている。 一瞬どうしようか迷って、考えて、考えて。 そのまま無言の状態で何分経ったのか分からなくなった頃、香名が静かに口を開いた。 「私もこの際だから恋愛相談しちゃおっかなぁ」

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