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第20話(最終話)
冬休みが明けた頃、香名は目を覚ました。
傷跡は残ってしまうとのことだったが、奇跡的に後遺症は無いとのことだった。
連絡をもらった灯唯と環慈は学校帰りに慌てて病院へと駆け込む。
扉を開けると、数週間前と変わらぬ笑顔の彼女がいた。
─────それから5年。
灯唯と環慈は22歳になっていた。
それぞれ大学と専門学校に通って、それでも関係は続いている。
環境が変わりすれ違いや喧嘩が増えた時期もあったが、それでも二人は離れることはしなかった。
そんな彼等に目出度い知らせが届いたのは数ヶ月前。
香名の結婚式の招待状だった。
そして今日がその式当日である。
受付を済ませ、香名の両親に挨拶をする。
式が始まるまでの時間をやり過ごすには、世間話やコーヒーだけでは足りないと灯唯は席を立った。
「煙草吸ってくる」
「おー、俺も飲んだら行くわ」
式場の外に設けられていた喫煙所は当然遮るものもなく、すっかり空気の冷えた季節には厳しいものがあった。
ジジ…ッと音を立てて小さな火が灯る。
(こんな日が来るとはなぁ…)
煙を浅く吸い込んで、溜息と共にたっぷり吐き出した。
目出度いことなのにどこか寂しいのは何故だろう…。
あの短い期間で灯唯は香名と沢山のものを共有し過ぎたのだ。
いつまで経っても忘れられない思い出。
そのおかげで環慈ともこうして居られるわけだが。
「トモ」
声がした方を振り返れば、いつもより粧し込んだ恋人が近づいてきた。
「もうちょっとしたらチャペルに移動だってよ。俺吸う時間無いわ〜」
「予定より早くないかぁ?」
「な〜。あ、一口くれ」
半分ほどに減っていた煙草が灯唯の手ごと横から攫われた。
伏せ目がちに吸い込んで、環慈は風下の方へ白い煙を吐き出す。
その様子を横目で見ながら戻ってきた煙草をまた浅く咥えたところで、つむじ風が吹いた。
「……痛…」
揺れる煙草の煙が目に染みて。
澄んだ空気が滲んだ涙と煙を溶かしていく。
「トモ、行かねーの?」
「行く行くー」
短くなった煙草を揉み消して、急かす声へと駆け寄った。
「香名さん綺麗だったなぁ」
「旦那さんも優しそうな人だったし」
披露宴と二次会からの帰り道。
「トモ、香名さんを泣かしたらコロスって言っちゃってたけどな。旦那さんめっちゃビビってたぞ?」
「そこは大事だから」
はははっと声を立てて笑う環慈の横顔を見て、灯唯の口元も甘く緩んだ。
人通りがないのをいいことに環慈の手をそっと握ると、嫌がったり恥ずかしがる素振りも見せず、当たり前のように握り返さる。
その温もりに安心さえした。
「新婚の幸せオーラにあてられた?」
「ふ、そうかも」
「仕方ねぇな〜!帰ったらお祝いえっちするか!」
「バーカ」
こんなやりとりがこの先もずっと続けばいい。
自分達にも、もちろん香名にも。
胸が満たされる感覚を噛み締めながら、灯唯は繋いだ手に力を込めた。
end
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