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第1話

 やっと、ここまで来た。  雪が降りしきるなか、初めて乗った新幹線。自由席の背もたれに身体を預け、ヘッドフォンから流れるラジオを聴きながら窓越しに眺めていた銀世界も、いつのまにか跡形もなく消え去り、雲ひとつない青空のしたで無骨な巨大ロボットのような建物がずらりと並ぶ大都会の光景へと移り変わっている。  慣れない景色にしぜんと鼓動が逸る。テレビでしか見たことのなかった灰色の建造物の群れ。いま、ミハルがいるのも、そんな群れのなか、なのだろう。  ホームへ降り立つと同時に感じるひといきれ。見送りにきたひと、迎えにきたひと、乗車するひと降りるひと、さまざまな人間の呼気とともに思念まで漂っていて、息苦しいくらい。分厚いダウンコートは都会ではすでに用済みのようで、自分がひどく浮いているように感じてしまう。現にあついが、脱いだらそれはそれで嵩張ってしまうので我慢する。この人ごみを通り抜ければすこしは楽になるであろうと期待しながら。  けれど期待は逆の方向で裏切られる。新幹線の改札をでて在来線のコンコースにでたとたん、それ以上の混雑に巻き込まれ、流されてしまう。時刻は午前九時。ちょうど朝の通勤ラッシュ時間帯だということを失念していた。ターミナルを無感動に過ぎていく通勤客の数に辟易しながら、出口を探す。  雑踏に埋もれたぼくは早くここから逃げ出さねばと慌てて一番近い場所にあった改札口を抜ける。  すれ違うスーツ姿のひとびとが寡黙な兵隊のように早足でそれぞれの勤務先へと急いでいく。見つめているのは正面かそれともこれから携わらなければならない任務か。空を見上げる余裕すらうかがえない。  ようやく落ち着けたのは改札を抜け、駅前のビジネス街からすこし離れた場所にある公園のベンチだった。  ふぅ、と息をついて視線を空へ向ける。どこまでも晴れ渡る冴えざえとした太平洋特有の冬の青空。田舎の灰色の雪雲ばかり見ていたから、その鮮やかなまでの青さに驚いた。  けれどその快晴をここで暮らす人間は当たり前のことと認識しているだけで、誰も喜んでいるように見えない。  ――ミハルも、冬の青空に慣れてしまっただろうか。いまも、ぼくを待っていてくれているだろうか。  二年前の彼の願いを叶えようと、必死になってこの都会(まち)にでてきたぼくを。

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