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30.黄金のアルファ
輝くような深い金色の毛。深い緑の瞳。逞しい体躯。
「オメガはそういうものだ。そいつはもう逃げられない」
笑みを湛え、堂々と歩み入る、金色の雄。
放たれる圧倒的なものに、みな声を呑み、静寂が場を満たす。
この場の誰もが瞬時に理解しただろう。これは……絶対に勝てない相手、歴然とした強者だと。
みんなくちを噤み息すら止めて…………俺も喉の奥が詰まったみたいに声すら出ない。
笑みのまま、金色の雄は軽く手を振る。
金の銅色を抑えてた手がスッと離れ、知らない雄たちが一斉に背を丸めて服従を現す。
俺を抑えてたみんなの力も弱まる。けど……カッパが俺の上に乗っかったから動けない。
金の銅色は俺にチラッと目を向けただけでその場から動かず、ふぅ、と小さく息を吐いて雄に向き直った。
「さて、お客人」
「はい」
静まりかえった場に、通る声が響く。
金の銅色が胸を張って応えた。
みんなこの雄に呑まれてる。
俺についてきた精霊たちも背中にしがみついてじっとしてる。この郷の精霊は雄の周りを楽しそうに飛んでるけど、それ以外で動いてるのは俺と金の銅色だけ。
といっても俺はカッパの尻の下で地べたに這いつくばってる。情けない、けど金の銅色は負けてない。
かっこいい。
……これが、この堂々とした雄が俺の、俺のなんだ。
誇らしい気持ちで胸が一杯になる。
雄が小さく頷いて笑みを深めた。
「郷の皆さんも迎えにいらしているようです。もう我が郷に用事は無くなった……ということですか?」
「……それは……」
「どうしますか? 続けて学ばれますか? それとも彼と」
こっちに目もくれず、指だけで俺を指す。
「戻りますか? どちらでもかまいませんが」
ビリッと空気が変わる。金の雄が、威圧を放ったのだ。
「学ばれるというなら、二度とこのようなことはなさらないと誓って頂きたい」
すごい圧。精霊も凍り付き、みな指一本動かせない。
けれど俺の金の銅色は、気圧された様子も無く、胸を張って対峙したまま声を掛ける。
「黄金の アルファよ」
特に声を張るでも無く、淡々と言った。
「確かに、あなたの郷にご迷惑をおかけした。その点は謝罪する。あなたに学んだことが多いのも事実。感謝はしている。けれど俺が、あなたに従う者では無いということはご存じのはず。俺だけでなく、うちの郷の者たちもだ」
「銅の 。私は命じていない。提言をしたまでのこと」
金色の雄は鼻で笑うように銅の 、と呼んだ。俺のアウルム・アイスを軽んじてる。
そう感じて『こいつ嫌いだ』と思う。
「では威圧なさるのをやめていただきたい」
「おお、これはクセだ。気分を害されたか?」
笑うような声と共に、ふっと空気が緩む。
あちこちでホッとしたような吐息が漏れた。……悔しいけど俺もそっと息を吐く。
「学ぶ者として、俺はあなたを師と仰ごう。だが従う者では無い。そのことは肝に銘じて下さい」
「もちろん承知しているとも」
微笑む雄に金の銅色は頷き、誰もが目を離せずにいる金色の雄を無視して俺を見た。
こっちに歩いてきてしゃがみ込む。手が届きそうで届かない距離だ。それ以前に、正気に戻ったみんなに腕も肩も押さえつけられてて動けない。
「蒼の雪灰 。調子はどうなのだ」
俺の名を呼んでくれる。
じわっと涙が滲んでくる。
「……うん」
なんて心躍る音なんだ。なんて胸に響くんだ。
「だいぶ元気。ガンマが優しくしてくれる」
「そうか」
ホッとしたように息を吐き、優しい瞳で俺を見てる。嬉しい。
金の瞳が優しい。少し枯れた声は甘い響きを耳に伝え……嬉しい。
嬉しい、嬉しい、嬉しい嬉しい嬉しい。
「済まないが、もう少しの間、郷で待っていてくれ」
「え……」
金の瞳は優しい。
けど真っ暗闇に落とされたみたい。
「俺はまだ学ばねばならない。おまえも、時間がもう少し必要なようだ」
金の銅色は、眉尻を下げて笑み、頭をポンポンと叩きながら言った。
「悪いが、頼む」
「ダメ、なの?」
「ああ、今は、まだ」
「……戻って、来る……?」
「ああ。近いうちに」
しっかりと頷く金の銅色。
瞳に嘘は見えない。引き締まったくちもとも、一切の歪みがない。
「待っていてくれ」
────信じる。
俺は金の銅色を信じる。
その想いを目に乗せて、ウンと頷く。
けど悲しくて、目を落とした。
「良い子だ」
頭を撫でる手が優しい。涙がパタパタと落ちる。
「ほんじゃあ、もう暴れんなよ」
「……分かった」
カッパの声に答えると、解放された。
すぐに起き上がろうとしたけれど、金の銅色が笑み浮かべたまま首を横に振る。俺は地面に座ったまま、堂々と立つ俺の雄を見上げた。
金の銅色は、それでいい、という風に頷いて笑む。
胸が、キュウッと絞られたように痛んだ。
俺を見てる。俺に笑んでる。
嬉しくて、涙が出そうだ。
「良い子だな。蒼の雪灰」
大きな手が俺の頭に乗り、優しく撫でる。
ああ嬉しい。
嬉しい、嬉しい、嬉しい。
ドキドキしてたまんない。嬉しい、嬉しい、嬉しい。
狼になってたなら、尻尾ブンブン振り回してる。嬉しい、嬉しい、嬉しい……
「青の雪灰。俺が戻るまで、郷でおとなしくしているんだ」
「えっ、や、やだ」
思わず言ってた。
「やだ、あんたと一緒にいる」
だって、やっと逢えたのに。どうしてまた離れるの? なんで?
「青の雪灰、聞き分けてくれ」
「でっ、でも、アルファの家に行くのはやだ」
「アルファの家?」
ちょっと眉寄せた。こんな顔もカッコイイ。全部カッコイイ。
「おまえは、ガンマの所にいるのだろう」
「ガンマはしばらく来るなって」
「どうしてそんな。おまえ、なにかしたのか」
「違うよ! 肉が食いたいって言った、……だけ……」
「肉……?」
少し考え込んだ風になって、眉がもっと寄る。カッコイイ……
「そうなのか。ふうむ……」
けど困ったような顔だ。
困ってるのかな、と思うと、こっちまで眉が寄る。
……ハッとした。
さっきは良い子だって撫でてくれたのに……俺が、困らせてる? ワガママ言ってるって? でも、離れたくないんだ。けど……
けどいやだ、ダメな奴だと思われたくない。良い子だって思われたい。
ぐっと奥歯を噛みしめる。
「お、俺」
「なんだ」
見開いた目が見下ろしてくる。
金の瞳は優しい。それに勇気を貰い、言った。
「……あんたのとこに行きたい」
「俺の? しかし俺の棲まいは決まっていない。シグマやルウと一緒に寝起きしているんだ」
「え……」
そうなんだ。
知らなかった。番いない同士で一緒に……。
でもそしたら……じゃあ────
「やはりおまえは、ガンマのところに……」
ハッと素晴らしい考えが閃いた。
「あっ!」
思わず笑みになって声を上げる。
「どうした」
金の銅色は怪訝な顔だけど、眉間の皺は晴れた。
ホッとしながら言う。
「俺が決めていい?」
「おまえが? なにを」
見開いた金の瞳を見ているだけで力が湧いてくる。
「あんたの住むところ、決めていい?」
絶対にアルファの所なんて行かない。俺はこれから金の銅色と二人で過ごすんだ。
「そこで俺、おとなしく待ってるよ」
「……そうか」
「ちゃんと待ってる。だからいい?」
「…………分かった。……頼んだぞ」
大きな手が俺の頭に乗り、また優しく撫でた。
「ちゃんと、いい棲まいにするよ!」
ぱああっと湧きあがる多幸感に声は上擦る。
「だから、早く戻って」
ちょっと涙ぐんじゃったけど、俺の金の銅色はしっかりと頷いてくれる。
「ああ」
笑みを深め、頭をポンポンと軽く叩く。
必死の気持ちを目に込めて見上げた。
「分かった。それではおまえに頼もう」
また笑みを深め、しっかりと頷く。胸の内に満ちてくる熱いものを感じながら、俺も頷きかえす。
金の銅色は優しい笑みでひとつ頷いて、立ち上がる。
鋭い目で金色の雄に向き直った。
「お聞きの通りです。もう、ご面倒をおかけすることはないでしょう」
黄金の雄は、クスリと笑った。
「分かりました、本当にあなたは面白い。では戻りましょうか。シグマ」
「はい」
「客人を連れて戻るぞ」
「はい」
初老のシグマは素直に頭を下げた。
金の銅色も言われるまま向こうの郷へ歩を進めてる。
その背を眺めているだけで、涙が溢れて頬を伝った。
でも戻って来るって言った。なら俺は信じて待とう。アルファの所なんて行かないで、金の銅色の棲まいを、俺が、
作るんだ────!
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