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31.アルファの家

 ひとり立ち、ぼんやりとアルファの家を見る。  郷の外れにあるこの建物は、もともとオメガの親が住んでいたものだ。  雄の殆どが失われた時、番を失った雌は一人で家にいるのを厭い、アルファの家であった建物に集い慰め合った。そこは集会所として使われるようになり、郷全体で話し合う場となって、こんな風に空いてしまったたくさんの家は、(わか)い雄が子作りするのに使われていたけど、この家だけは、それまで通りにオメガが住まっていた。  アルファは毎日ここへやって来て泊まったので、ここがアルファの場所ってことになったと聞いてる。けど俺たちには、アルファの場所っていうよりオメガの家って認識がある。  ……もうオメガはいないけど。  ふっと惹かれるものを感じ、そちらへ目と鼻を向ける。 「いる。……ベータはこっちに、いる」  その方向はずっと動いていない。ベータは他の里に行ってるって聞いたけど、いつ戻ってくるんだろう。アルファと番って、その後でベータに逢ったら。  ……俺はどうなるんだろう。 「これから、どうなるのかな」  アルファと番うなら、俺もここに住むことになるんだろうか。  フウッと息を吐き、目をアルファの家に戻す。けど足は動かない。  だとしても、なんか今アルファと二人になっちゃダメな気がした。いやでも大丈夫だよな、シグマが来てるんだよな。そうだ、いくら足が遅くても、これだけ遠回りしてるんだから先について、俺が遠回りしてここに来るって、アルファに伝えてるんだよな。あの良く動くくちで説明してる。だからアルファと二人になるって事は無い……よな?  なら入ってた方が良いのかな。ていうか肉喰いたい。シグマって肉持って来てくれるのかな。肉が無いなら、そこら辺で狩ってきて良いのかな。でも一応、狩ってきますとか言った方が良いんだろうな。  じゃあ扉開いて声かけて、……と、思うのに。もしアルファしかいなかったら、そう思うと進めない。  ボーッとしてたら扉が開き、太い腕が見えた。  身体が見えて、顔がまっすぐこっちを見る。銀灰の髭に覆われた顔。暗い鈍銀の眠そうな瞳。  ────アルファだ。 「なにをしている。入りなさい」  枯れた声。  でも動けない。  アルファがこちらへ向かって歩いてくる。……あれ? なんか、小さくなった? 違う、痩せたんだ。郷で一番大きくて力強いアルファ、だったはず。なのに……歩みも少しよろけ気味で…… 「あ」  腕をつかまれ、建物の方へ向いて歩いてくまま引っ張られたけど、なんかイヤで俺は動かなかった。 「どうした」  アルファの顔がこっちを見る。眠そうな目が、ゆっくりと俺を捉え、少し笑んだ。 「入って休みなさい。肉が届くまで座って待っていれば良い」 「肉……」 「食いたいのだろう。ルーが狩ってくるから、中で待っていなさい」  腕を掴む手は力を強め、俺を家へ入れようと引っ張られた。 「おまえはオメガだ。自覚を持ちなさい。大切な身体なのだから」  ────あ。 『オメガを失うとアルファは衰える』  衰えたアルファ。うん、衰えてる。 「いやだ」  ……オメガを求めてる、のか? 「これ、おとなしく」  衰えた身体を戻すために? オメガ……俺を? 「俺がオメガだからっ!」 「なに?」 「オメガなら、言うこと聞くって、思ってんだろっ!」 「なにを言ってる」 「俺は違うぞっ! 俺には番が、運命がっ!」 「ああ、分かっている。だからおまえがオメガに……」 「離せぇぇぇっ!」 「これ、おとなしくしなさい」  足を踏ん張り、抗う。 「わがままな」 「やだっ! 行かない、行かないっ!」  アルファの太い腕が俺の身体に回り、両腕がアルファの腕に拘束される形で抱きしめられて、そのまま少し持ち上げられる。足が地面から離れ、踏ん張れない。アルファはそのまま家へ向かった。 「やだ! やだっ!」  滅茶苦茶に足を振る。腕の力はそれほど強くない。 「なにを教えていたんだガンマは、こらっ」 「ガンマはっ! アルファなんて! おまえなんて! ケンカ強いだけでっ!」 「おとなしくしなさい。まったく……」 「離せっ!」 「聞き分けが無いのは、あれとそっくりだ!」 「うるさいっ! 離せって!」 「あれに、オメガに似てる、……血は争えん、ああこれ、おとなしくしなさい」 「離せっ! 離せぇぇぇっ!」  めちゃくちゃ暴れ、身悶えした。いやだ、無理だ、こいつじゃ無理だっ!! 「毛の色も似ているが、強情なところも、匂いも」  ククッと、アルファが笑う。  俺を拘束したまま────呟いた。 「あれと、オメガとそっくりだ」  ゾクッとした。 「親と同じ……同じことするのか、俺も、親みたいにっ!」 「なにを言ってる。今はそういう話じゃない。肉が来るまで待ってろと……」 「適当なこと言うな、離せ、離せぇっ!」  足がアルファの脛を蹴る。「むっ」唸るような声。腕の力が緩む。振った頭がアルファの顎に当たった。 「これっ! なにを……」  必死で身悶えし、腕での拘束を振り払う。動くようになった腕で身体を押し、足でアルファの股を蹴る。  放り出されるように離れた身体を空中で回転し、ズサッと着地する。 「待ちなさい、なにか勘違い……」  アルファがなにか言ってたけど、聞かずに俺は走った。  無理だ、アルファと番うなんて絶対無理、だから行くべきところへ、俺は行く!  俺のいるべきところ、ベータのいるところへ──────!  ふと、感じた。  微かに、ではあるが、いや……間違いない。この気配……まさか…… 「どうなされた」  ハッとして取り繕った笑みを向ける。金色のアルファは真顔でこちらを見ていた。 「この話は、あなたの郷にとって有益だと思ったのですが」 「申し訳ない、時間を取って頂いたのに。ですが感じたのです」 「感じた? なにをです」 「俺のオメガを」 「……ほう」  アルファはフッと笑んだ。この若いアルファは美しく、笑んだだけで周りが華やぐようだ。 「私はオメガと離れたことがない。興味深いですね」 「俺はあなたが羨ましい。オメガと離れずにいられるなら、それが一番良いに決まってます」  今度は薄い笑みをくちびるに乗せ、アルファは視線を宙に遊ばせる。 「それはどうでしょう」  走る。走る。ひたすら、ベータの所へ。ベータのいるところへ。  道なんて関係ない。ひたすら真っ直ぐ進む。倒木を飛び超え、木の根も鬱蒼とした下生えも構わず走る。目の前を遮る大木があれば、蹴って昇り、枝を掴んで乗り越える。  身体が軽い。  ガンマのおかげか、それとも精霊のおかげなのか。  ガンマの森ほどでは無いとしても、ここにも精霊は沢山いるだろう。俺は好かれてるらしいから、精霊が寄ってきてるのかも知れない。  でもそんなのどうでもいい。  あそこは違う。あの場所は、あれは前の失われたオメガの家。俺のいるべきところじゃない。だめだ、あそこに入るのは違う。  だから俺は俺のいるべきところへ。  早く、早く、早く、

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