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32.巣作り

 空いてる棲まいの中でも、少し手を入れれば使えるのをいくつか見た。  俺たちが幼い頃の郷は、朽ちかけた棲まいがまばらに建っていて、壊れそうなものは大人たちが崩したので、あちこちに残骸があった。  そういうのは子狼(おれたち)が薪や焚きつけに使えるものを選んで整理した。それが子狼の仕事だった。  かつて郷にはたくさんの人狼が居て、だからたくさんの棲まいがあった。けれど、ほとんどの雄が失われたとき、残された雌たちが独りでいることを嫌ったので、多くが空き家になってしまっていたのだ。  人狼の棲まいは、ひと族のものとだいぶ違う。  地面を膝の高さくらいまで掘って、中心と周囲にいくつか柱を立て、木の枝や葉っぱで葺いたもの。一匹が通り抜けられるくらいの木の扉と窓もある。窓はフィーの織った布や葉が下がってて、季節ごとに変える。  寝床は囲いの中に干した草を丸く高く盛ってあるものだ。眠るときはそこに潜り込んで丸くなる。  たいてい真ん中辺りに小さな炉が切ってあって、そこで木の実を煎ったり、肉や果物を燻して保存できるようにしたり、湯を沸かして茶を飲んだりに使うし、冬は暖を取る。  でも癒し(イプシロン)語り部(シグマ)の建屋、集会場の三つだけは、石で作った土台の上に高床と木の壁のある、ひと族風の建物だ。これの方が薬草や書物などを保存するのに都合が良いから、らしい。  イプシロンの建屋は、風通し良く、とても清潔。ひと族みたいな寝台もある。  シグマの所は紙や書物だらけで分かんない状態になってて、子狼は立ち入り禁止。  集会場は以前、アルファの棲まいだったらしい。  でも今は、郷のみんなで使うための建物だ。一番広い部屋はみんなで話し合う場で、それぞれの階位(クラス)の部屋もあって、書物や道具なんかが置いてあるけれど、今は全ての階位があるわけじゃなく、部屋はだいぶ空いてる。  そこで子狼(おれたち)は、みんな一緒に育った。  産まれてから二歳くらいまでの子狼は、狼の姿のままだ。  人狼は、狼姿になれば雪山を一週間彷徨えるくらい寒さに強いけれど、子狼のうちはそれほど強くない。だからひどく寒い夜、親は狼になって身と尻尾で子狼を包み、ぬくぬくと育くむ。ガンマのところで読んだ書物にはそう書いてあった。  だけど俺たちに包んで眠る親は居なかったから、眠るときは子狼同士で身を寄せ合っていた。  暖炉のある集会場に造られた寝床は、たいてい枠も何も関係なくごっちゃになってて、いつもみんなでじゃれ合って楽しかった。  老いた者が衰えてくると、先に成人した者たちが子狼の世話をしてくれたし、ケンカはしょっちゅうあったけど、みんな仲良し。  食事は竈場でまとめて煮炊きして階位ごとに集まって摂るので、それぞれの棲まいで食事するってことも無いしね。  前のオメガ、俺の親はわりと寝てばかりだったから棲まいで食うことが多くて、子狼(おれたち)はおいしい木の実や果実が採れると届けていた。  嬉しそうに笑ってたけれど、あんまり食べてなかったみたい。  ……なんてことを思い出しながら郷を巡ってた。 「どうだ、いいのはあるか」  時々カッパが聞いてくるけど、造りはどれもほぼ同じに見える。  金の銅色のために一番良い棲まいを選ばないといけないのに、どれが良いとかぜんぜん分からないし、どんどん焦ってくる。 「分かんないよ。どういうのがいいの」 「そりゃあ、匂いと風だな」  顎を擦りながらカッパが言った。 「それってどういうこと?」  縋るような気分で聞いたら、カッパは「落ち着け」と言いながら背中をバンバン叩いた。いつものことだけど力が強すぎる。悪気が無いのは匂いでも分かるけど、恨めしい気分になる。  まだ子狼だった頃から、カッパは荒れた棲まいに手を入れ、子狼の遊び場にしたり、中の一部を高い床にして木の実なんかを蓄える蔵にしたりしていた。  だから成人してカッパとなったとき、皆さもあらんと納得したし、さっそくみんなの棲まいを整え始め、井戸や竈や建屋の修繕に日々働いているのを頼もしく思っていた。  棲まう者が決まってから手を入れるのだとカッパは言った。 「一度きれいに整えてもな、棲まう者がいねえとすぐ荒れちまうんだよ」  最も優先するのは新たに番になったもの。子狼を授かった番には新たに大きめの棲まいを用意する。今はなにより子狼を健やかに育むことが大切、それには棲まいも重要だと、カッパは力説する。  なので番無しの棲まいは後回し。  たとえ階位(クラス)のトップであっても、カッパは頑としてその優先順位を譲らない。だからシグマやルウのトップとベータが同じ棲まいで寝起きしてるのかな。 「いや、あいつらはなあ……自分だけで棲まいを整えられんだろ」  あ、そう。……ま、そうかな、うん。  というわけで、カッパは気に入ったのがあったら整えてやると言うけど、……全然分からなくて焦るばかりだ。 「おい、落ち着けって」 「分かんないよ、アンタが良いのを教えてくれよ」 「今見せてるのは、ちょいっと手を入れりゃあすぐ棲めそうなところだけなんだがなあ、俺に分かるのは俺に良い棲まいだけだぞ。おまえにどれが良いかなんぞ、俺にゃあ分からんよ」 「だって、棲まいを決めた事なんて無い、どれも同じに見えるし……」 「そりゃあ、己に合うのに巡り会ってねえんだ。おのずと“ここしか無い”つう感覚が来るもんだ。ドーンと構えてゆっくり見るんだな」 「で、でも、どれも違ったら、合うのが見つからなかったら……」 「それなら気に入った場所に俺が造ってやる」 「でも、でもさ、これは金の銅色の棲まいだよ? 俺が良くてもダメなんじゃ」 「あほう、おまえが決めると言って、あいつがそれで良いと言ったんだろうが。後で文句なんぞ言わんさ」 「そ、そうかな……」  少し落ち着いた気分になって、その後は程度の悪いというか、かなり修繕が必要なところも含め、色々見て回る。 「……あれ」  そして俺が足を止めたのは、ガンマの森にわりと近い、ぽつん、と孤立するように建っているひとつの前。  葺いてあった枝や葉は朽ちたり落ちたりして、外から中がすっかり見える。朽ちた枝葉が床に積もって、寝床の囲いも見えなくなって、崩れかけと言いたくなるほどだけれど…… 「なんか、ここの匂い、好きだ」 「ふむ。匂いは重要だ。気に入ったか」 「気に入ったっていうか、……なんか安心する感じ……」 「それも大切だ。ここなら大きさも問題無いだろう。じゅうぶん二匹で過ごせる。いいだろう、棲みやすくきれいにしてやる。まかせろ」  カッパは早速、森に近い棲まいに手を入れてくれた。  まず朽ちかけていた枝葉を取り払い、だいぶ傷んでいた真ん中の柱を、カッパが蓄えていた新しい木に変えた。柱は高く、俺が立っても頭の上に余裕がある。  葺く枝葉を選べと言われたので、前から梟の扇という木の匂いが好きだと言うと、それを使って葺き直してくれた。  扉や窓の枠も作り直して、俺も床をきれいにしたり、寝床の囲いを作るのを手伝ったりした。  仕事が早いカッパの手で、三日も待たずに建てたばかりのようにきれいになる。  カッパの仕事が終わるとフィーがやって来た。 「窓は葉を下げるかい? それともアタシの布を使う? 鷹の羽を継ぎ合わせたのも作ってみたんだけど、どう? 使ってみない?」 「ええー……なにがいいのかなあ……」  葉っぱが下がってるのもフィーの布が下がってるのも見たことある。けど鷹の羽とか、どんな感じになるんだ? 「一番風が通るのは羽だねえ。葉も風は通るし、好きな香りの葉を選べばその香りの風が通る。でも葉にしたらちょくちょく取り替えないとならない。布の方が音なんかは漏れにくくなるけど風はあまり通らない」 「風?」 「ああ、あんたは集会場しか知らないんだもんね。風が通ると寒くはなるけど、風が欲しい連中も多い」 「……そっか、森の息吹が分かる……?」 「まあね」 「なら、みんな風が通る方が良いんじゃないの?」 「子狼が居ると、暖かい方が良いと言う奴もいるのさ」 「ああ……そっか」 「でも番なりたてかあ。声とか音とか……あんまり声上げると郷じゅうに聞こえるけど、まあ春はみんな同じになるからねえ。それにここは近くに他の棲まい無いし、大丈夫でしょ」  音? 声? と首を傾げながら、 「じゃあ、えっと、風が通る方がイイかな。ねえ、梟の扇は使える?」 「ああ、使えるよ。あれは葉が大きいから、この窓の大きさなら、三枚くらい合わせれば良いかね。やり方を教えるから、半月に一度は自分で取り替えるんだよ。冬の間だけ布にしてもいいし」 「ぁ……でも。俺が好きでも……ベータが好きか分からない」  俺はベータのこと、ホントになにも知らない…… 「あんたが居心地良いようにすれば、ベータも喜ぶよ」  フィーがニコニコ言った。 「そうかな」 「そうだよ、番なんだから」 「あんたの好きが番の好きなんだよ」  雌たちがくちぐちに言う。 「そ……そうかな……」 「そうよ、あんた自信持ちなさい。自分が一番過ごしやすい棲まいにすれば良いの」  フィーがニッコリ言って、肩をポンポン叩き、雌たちもみな笑顔で頷いている。  すると、いつのまにかいたカッパが、バンと背中を強すぎる力で叩いた。 「バカだなあ、番が心を込めてやることが、嬉しくない奴がいるもんかよ」 「…………そっか」  俺だって、ベータが何をしたって嬉しいに決まってる。うん、納得した。  金の銅色が心地よく過ごせるよう、やれることはぜんぶやる。 「じゃあ、窓は梟の扇にする。ちゃんと取り替えるから、やり方教えて」  フィーは嬉しそうに笑って、頃合いの葉の選び方から教えてくれた。  自分で草を取りに行き、よく干してから鷹頭の実の殻を使って燻し、良い香りをつける。こうすると草が腐りにくくなるし、嫌な匂いにもなりにくいと、雌たちに教えて貰った。 「建てるのも直すのもカッパの仕事だけど、保つのは番の仕事だよ。ちゃんとやりな」 「えっ、俺……」 「だってあんたとベータは番なんでしょ?」  フィーがニッコリ言ったので、ちょっとビックリした。俺とベータが番って、やっぱりみんな知ってるの?  でもオメガって、アルファの番だろ?  なのに……どういうこと?   「でも普通の雌とは違うのよね?」 「どう違うのか分からないのよ、ねえ教えて」  くちぐち聞かれたけど、俺だって分からないし、なにより混乱して、あわあわしてしまった。 「可愛いねえ」 「まあいいよ」 「好きにしな」  窓や寝床を気持ち良く保つのは番の仕事。  取り替え時期なんかも、雌たちが教えてくれて、俺は張り切った。  番の仕事。  俺が、ベータのためにできること。  ぜんぶやる。ベータが喜んでくれるよう、きっちりやる。  そして、戻って来たベータに、『良い子だ』って撫でて貰うんだ。  古い草を貰ってとりあえず寝床を作り、泊まり込んだ。  ベータに心地良く過ごして貰いたい、その一心で全部、俺が用意した。  あんまり上手にはできてない。それでも毎日朝から晩まで、何度も何度も失敗したけど、雌たちが及第点をくれるまで頑張った。  燻した草はふかふかの寝床二つになった。  一つは大きめにして、一緒に潜り込めるようにしてある。  窓には梟の扇の葉を贅沢に五つ繋げたものを下げた。……三つで作るやり方が難しかったんだけど。  すっかり埋もれていた炉はやり方を教えて貰って自分で切った。  周りにフィーの織った厚手の布を敷き、鍋を吊す鉤も作ったけど、しばらくは尖った底を炉に突き立てる鍋を使う。雌たちに教わって、俺が土をこねて作ったんだ。まだこんなのしか作れないけど、そのうち吊り下げられる立派な鍋を作ってやる。  土をこね、明かりを取る油皿や、茶や水を飲む器も作った。  隅に深い穴を掘って腐りにくい葉を敷き詰め、燻した肉や果実を保存できる場所も作った。  カッパに貰った板で棚を作り、小さな水瓶や油を溜めておく瓶、そして寒くなったら代えるようにフィーから貰った窓掛け用の布などを置いた。  ベータが疲れていたら毛並みを(くしけず)ってあげたいから、木を削って櫛も造ってみた。  良く実った果実を揃え、森で狩ったウサギや牡鹿の肉を干して燻し、隅の穴へ収め腐りにくい葉でしっかり覆った。  油も雌たちに教えてもらって作った。狩った獣の身と皮の間を丁寧に削いで、炉でゆっくり炙って少し黄色がかった油にするのだ。  そうして作った鹿の油ではらわたに香草と塩を擦り込んだものを漬け込み、瓶の蓋をしっかり閉じて、これも穴に収めておく。  最後にまた二つ、棚を作った。  ルウやシグマと一緒だった棲まいから、ベータの使っていた湯飲みや着替えを持って来て、収める。そこから、少しだけベータの匂いが漂い、ちょっと嬉しくなって、独り呟いた。 「……できた」    ──────気に入ってくれるかな。

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