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32.名前

 こっちにいる、ベータはこの先にいる。  このまま真っ直ぐ進めばベータがいる。逢いたい逢いたい逢いたい、ベータに逢いたい。  なにも言ってない、なにも聞いてない、他の奴らが勝手なこと言ってるだけ、俺のことも、ベータのことも、なにも分かってない、誰も分かってない  だって俺だってベータのこと分からない。  なんで触れたの? なんであそこにいたの?  あんなに熱い息で、あんな目で俺見て、あんなに優しく触れて、嬉しそうだったのに、なんであれっきりなの? なんで来なかったの?  俺の身体がどうとか、引き金がどうとかいうのは聞いた。けどなんで?  なんで俺をこんなにほっとくの?  こんなに逢いたいのに。俺は逢いたいのに。逢いたくないのかな。俺に逢いたくないのかな。でも、ベータが俺に逢いたくなくても、俺は逢いたい。逢いたい。逢いたい。ベータベータベータいや……金の銅色────  ドキン、と心臓が高鳴った。  走り続けてた足が、ゆっくり止まる。  おそるおそる、もう一度。  ────金の、銅色……  心の中で呼ぶだけで胸が騒がしい。でも、もっと呼びたい。  俺の、俺の、 「金の(アウルム)銅色(アイス)……」  声に出してみる。  キュウッと胸が締め付けられるような、ヘンな感じ。  なのにものすごくドキドキして、汗が額から流れ、あわてて頭を振る。  あの時とは違う。町から逃げた時みたいな怖い感じはまったくしない。ただ──── 「金の銅色……俺の……ああ」  ドッと汗が噴き出した。この程度走ったくらいで汗なんて出るわけない。だって今は身体が軽いし、なのに……なんだろ、これ。  両手がそっと、胸を抱くようにあがる。  触れて分かるくらい、心臓がドキドキしてる。  ああ、これか。  なんで今までこう呼ばなかったんだろう。知らなかった。……声に出しただけ、それを耳が拾っただけ、なのにこんなに…… 「俺の、金の銅色(アウルム アイス)」  キュウゥッと胸から音がしたような気がした。  なんで気がつかなかったんだろう。こんなに美しい音だったなんて。  くちにするだけでこんなにも胸が高鳴る。どんな歌より心が躍る。  ああ、そうだ、そうなんだ。  金の銅色。そこが俺の場所。……うん、きっとそう、そうだ。そうなんだ。  足が再び動き始める。ただ衝動の命じるまま自分を運ぶ、そのためだけに。  行かなくちゃ。俺の場所へ。金の銅色のいるところへ。あの傍らに立つのは俺だ。他の誰もあの隣は似合わない。俺が、俺だけが、金の銅色の隣にいるべきなんだ。  走る速度はどんどん上がる。さっきより身体は軽い。  わけの分からない衝動に操作されるみたいに、足は自動的に地を蹴り、丘を乗り越え、川を飛び越え、木の肌を蹴る。時に手は枝から下がる蔓を掴んで、進路を遮るあらゆるものを超えていく。  風になったみたい。身体がとても軽い。気持ちもフワフワ。  だってこの先にいるんだ。  俺の 「金の銅色」  俺の運命……  夜になり、森を抜けた。  月の光を浴びて、草原を走る。  今日は満月に三日ほど足りないけど、この月齢で月を浴びて走る人狼(おれたち)は、一昼夜走ったって疲れなんて感じない。ただひたすら近づきたくて、走って走って走り続ける。  遠かった気配に、どんどん近づいてる。そう感じる。近づいてる。  俺の金の銅色(アウルムアイス)に。  それだけで胸の高まりが止まらない。足の動きも止まらない。少しでも早く、少しでも近くに行きたい、近づいてるって感じ、まっすぐこの先、この先にいる。  どんどん強くなってく気配。間違いない、この先に…… 「ぁ……」  匂い。うわあ、この匂い。  金の銅色の匂い。ああ、どんどん強くなってくる。  ドキドキが止まらない。  早く逢いたい。そして呼ぶんだ。名前を呼ぶんだ。俺のことも呼んでくれるかな。あの少し掠れた低い声で、また呼んでくれるかな。  それとも力強い声で?  俺は力いっぱいに声を出そう。全力で呼ぼう。ああたまらない、言いたい、名を呼びたい……! 「ア・ウ・ル・ム・アイースッ」  パアッとはじけ飛んだ。  胸につかえてたなにかが、飛んだ。  ああ、名前を呼ぶだけで、なんて歓び。  草を蹴る足も軽くなる。勢い余ってひときわ高く飛び上がる。  ほんのりと明るくなり始めた空で、まだ少し欠けてる月も白々と輝きを落とし、俺に力をくれる。これは光の精霊か。  足は雲を渡るように動き、この身をいるべき場所へと運び続ける。草の精霊がそうしてくれるのか。  切なくなるほど愛しい匂いを運んでくれているのは風の精霊たち────。  ああ、感じ取れる。今まで言われても分からなかった精霊たち。俺の周りで楽しそうに飛びはね、まとわりついて、進むのを助けてくれる。  嬉しくて両手を広げた。指は吹き渡る風を掴めそう。全ての精霊が、この歓びを確かなものにする手助けをしてくれてる。  胸一杯に息を吸い込み全身を使って、甲高い遠吠えのように思いっきり声を上げた。 「アウルーム・アイースゥーッ!!」 「青の雪灰っ!!」  耳を打つ声。  聞き間違い? いや、間違うわけない。  物凄い速度で近づいてくる影。どんどん近づいてくる。あれって─────  ああ見える。あんな怖い顔してかわいい。……走って来る、俺に向かって 「なにをしている!!」  咆吼のような声を上げ、両腕を広げ、向かってくる。  ……来てくれた……!!  俺を迎えに来てくれた!! 「金の(アウルム)銅色ー(アイース)!!」  足が地を蹴った。  この世で唯一、そばにいるべき  俺の運命の、広げた腕に向かって  俺は飛んだ。  逞しい腕が、飛び込んだ俺をしっかりと抱き取る。  勢いを殺しきれず、金の銅色はくるりと回る。俺にくっついてた精霊がパアッと飛び散り、背中に回ってくっついてくる。なんか文句言ってるのが分かる。笑ってるのもいる。  もう一度回って止まった身体に、全力でしがみつく。ずっと遠くから感じてた気配、懐かしいくてドキドキしてあったかい、それが濃厚に俺を包む。嘘みたいに嬉しい。胸元に顔を押し付け、深く息を吸う。  俺をたまらなくさせる匂いが胸一杯になる。 「は……ぁ」  安堵のあまり溜息が零れた。 「蒼の雪灰……」  ぱああっと歓喜が湧きあがる。  呼んでくれた。枯れた低い声が、少し震えてる。精霊たちが周りを飛び跳ねる。一緒に喜んでる。そう、みんな俺の気分が分かってる。嬉しい、嬉しい、嬉しい。  顔を上げると間近で見下ろす精悍な顔。焦りを帯びた金の瞳。 「……金の銅色」  また胸が、キュウンとする。 「……ぁ」  名をくちにしただけで……もう胸が高鳴って壊れそうなのに、さらに甘い痛みが加わって、唇が震えた。  身体の芯から温まるような、それなのに手足の先は痺れてるような、なのにいつまでも味わっていたいような。 「……金の銅色」  美しい金の瞳が見開かれる。なんてキレイなんだ。目が離せない。  ねえ、俺の声を聞いて? どんな気分になるの? 俺はすごく幸せな気分だよ? ねえ? ……でもくちから飛び出すのは 「金の銅色」  これだけ。  ああ呼ぶだけで幸せな気分になる。何度でも呼びたい。 「金の銅色」 「蒼の雪灰」  声が重なった。  背に回った逞しい腕が、けして離さぬといわんばかりに力を強める。また胸がキュウンとした。ここがいい。この腕の中がいい。この匂いに包まれ、この気配と共に。  こんなに安心したことも、こんなにドキドキしたことも、こんな風に泣きたいような気分になるのも、今まで無かった。生まれて初めて確信した。ここが俺の場所、この気配は俺のもの、この瞳に俺だけを映して、この唇は俺だけを呼んで。 「金の銅色」 「蒼の雪灰」  笑みが満面に広がる。金の瞳も笑み細まる。なのにくちもとはなにかに耐えるように引き結ばれてる。  どうして? もっと呼んでよ。 「金の銅色」  俺は呼ぶよ? だって呼びたい。だって嬉しい。 「金の銅色」  ねえ呼んでよ。俺を呼んで…… 「なにしてやがんだ!」  グイッと肩を引かれた。  金の銅色の腕が離れる。

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