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ある幸せな家庭の幸せな日常生活
「カズ、いつも思うのだが、その……シズクの抱き方は本当にそれであっているのか?」
「ん? なんか問題ある?」
俺の方を少し不安気に見やる男、彼の名前はライザック。そこそこ身長があるはずの俺から見ても見上げてしまう大男が、おろおろと腕を伸ばすのは俺の肩の上に俺達の愛息子が乗っかっているからだ。
まるで米俵でも抱えているような担ぎ方だが、当のシズクは非常に楽しそうにきゃっきゃと笑っているので問題ないと思っていたのだが、駄目だっただろうか?
「私はカズの育った世界を知らない、そういうものなのだと言うのなら、問題ないと思うのだが、落ちてしまわないか心配で……」
「あぁ……まぁ、大丈夫じゃね? なぁ、シズク?」
肩の上の息子はやはりにこにこと笑って、俺の首に抱きついた。落ちそうになったらシズクなら自分でなんとかするだろう。何せ俺達の息子だし? そこ等の子供とは訳が違う。親馬鹿上等、うちの子は世界で一番可愛くて優秀ですよ。
でも、俺達の息子ってホント変な響きだよな、まさか俺がこんな風に子供を抱いているなんて、数年前まで想像もしていなかった、しかもこの子は俺が産んだ正真正銘俺の子供だ。
まさか自分が子供を産む日がこようとは、あの日あの時まで考えてもいなかった。
俺はその当時まだ学生だった。あまり素行のいいタイプではなかったが、別段好き好んで悪さをするほどすれてもおらず、群れる事もしないが、おらおらと周りに喧嘩を売っていくわけでもない、まぁ、言ってしまえば俺はぼっち人生まっしぐらな男子高校生だった。
世間の流行にはついていけないが、媚を売るように周りに迎合するのも嫌な陰キャなのだが、如何せん親父譲りの強面でイジメに合うこともなく、なんとなく人生を渡っていたそんな俺が、何故にいかにもな外人、しかもラノベにでも登場しそうなイケメン外人の子を産むことになったのか、話せばとても長くなる。
それは夏休みの昼下がり、熱中症になりそうなくらい暑い日だった。登校日なんて本当はサボってしまい所だが、根が真面目な俺はきちんと登校し、苛立ちながらの下校中、俺はわき見運転の車に跳ねられた。あんまりにも一瞬で、何が起こったのかも分からないうちに、向こうの俺は死んだのだろう。そして気が付いたら、何故か俺は異世界に飛ばされていた。
安いラノベの設定か! って突っ込みたい気持ちはよく分かる。俺も散々自分に突っ込んだ。けれど、それは間違えようもなく現実で、俺はその異世界で生きていく事を余儀なくされたのだ。
俺がライザックと出会ったのは、そんな異世界へと飛ばされた直後の森の中。俺は無数の触手に追い掛け回されていた。
「待て待て待て!! なんだこれ! 勘弁しろよっっ!!」
そこはまるで生きた森とでも言えばいいのか、木に絡まる蔦が俺を追いかけて来るのだ。絡めとられて食われるのかと思ったら、服を樹液で溶かされ、穴という穴を蹂躙され、どこのエロゲだよという、目に遭わされていた俺はもうここで樹に犯されて死ぬのか……と思っていた。ってか、触手! お前、せめて相手は選べよ!! 可愛い女の子なら萌えるシチュエーションかもしれないが、男の俺を犯して何が楽しい! マジふざけんなっっ!!
だが、そんな時に俺を助けてくれたのが当時その辺の魔物討伐を指揮させられていたライザックで、もう色々搾り取られて駄目だと諦めかけていた時、颯爽と現れたライザックは剣でその触手を薙ぎ払いぼろぼろの俺を助け出してくれたのだ。もうあの時は本当に神様かと思ったね。その時だけは。
「……っで、なんでこうなる!?」
問題は助け出されたその後だ。触手から助け出された俺は、そのままライザックに宿に連れ込まれ、その後散々に彼に犯された。それが後日、樹液の解毒の為だったなんてそんな話を聞かされたって、やられた事に変わりはなく、俺は茫然自失な数日を過す事になる。
ただでさえ訳の分からない世界に飛ばされて、訳が分からないままなのに、童貞なくす前に処女喪失とか本当に笑うに笑えない。
しかもこの世界、女のいない世界だった。基本形は男性型、だけど身体は雌雄同体。孕まされたら少しだけ女性的に変わるけど基本的な所はあまり変わらないという、誰得設定で頭が痛い。そして、そんな中で異世界に飛ばされた俺もどうやらそういう身体になっていたようで、解毒の為のその性交で見事にご懐妊、責任を感じたのであろうライザックはそのまま俺にプロポーズ、そしてシズクが産まれ今に至る。
流されるままに結婚した俺達だが、まぁ意外と上手くやっている。
俺達はお互いの事を何も分からぬまま結婚してしまったのだが、ライザックは予想外にこの世界では上物件だったようで、俺は散々に玉の輿を妬まれた。身分も高く人柄もいい、将来有望でかつイケメンだ、モテない訳のないライザックにどこの馬の骨とも分からない俺が、無理矢理子供を作って取り入った、と世間の噂は誹謗中傷には事欠かない。
あまりにもその誹謗が激しいので、産後鬱を発症した俺は何度も離婚を口にしたが、ライザックはそれを受け入れなかった。ライザック曰く、俺は彼にとっては『運命』の相手であったらしい。
『いずれ巡り会うべき運命の相手は、一目で分かると言われていた。実際その通りだったし、こんなに簡単に子を授かったのもその証拠』
と、ライザックは譲らない。そして、その言葉を体現するかのように彼は俺を溺愛し、俺にそれを認めさせた。もう、そこからは俺は完全に開き直った。この世界になんのしがらみもない俺にははっきり言って怖いモノなど何もなかったからだ。
産まれた子供はこれまたとても可愛いかったしな、いわゆるハーフで生まれた愛息子シズクの容姿はマジで天使。はっきり言って目の中に入れても痛くない。俺ってば子供好きだったんだな……って、自分で自分に驚いている。
「今日もカズは美しいな」
「は? 意味分かんねぇ、お前目ん玉洗って出直してこい」
「本当の事を言っているだけなのに……」
「だから、それの意味が分からないって言うんだよ。俺の一体何処に美しい要素があるって言うんだ? お前の美的感覚は狂ってる」
まだ、格好いいとか言われた方が多少納得もいくのだが、美しいやら可愛いやら言われたところで納得はいかない。俺がこの顔で今までどれだけ苦労してきたと思っていやがる。
やたらと鋭い切れ長の一重、愛想笑いなんてできないこの性格で可愛げを母親の腹の中に置いてきたんじゃないか? と言われて育ってきたと言うのに、ライザックはそんな事は気にも留めない。
「ママはかぁいいよ。僕、ママしゅき」
愛息子のシズクまで、最近では父親であるライザックを真似て俺を褒め殺しにくるので俺はどうにもむず痒くて仕方がない。しかもライザックとシズク共に本気で整った容姿をしているので、どうにもお世辞にしか聞こえないのだ。
「あぁ……まぁ、ありがとな」
夫であるライザックには憎まれ口も叩けるが、息子相手にはそれも出来ない俺は言葉を濁して逃げ出した。外野はごちゃごちゃうるさいが、まぁ、俺達家族はこんな感じで平和に穏やかに暮らしている。
「シズク~勝手に1人でどっか行くなよ~」
自分で歩けるようになった幼い息子は好奇心が旺盛で、何かに興味を惹かれると周りの事も忘れて勝手にどこかへ行ってしまう。そんな息子から俺は最近目が離せない。出かける時はとっ捕まえて抱き上げておけばいいのだが、買い物の最中荷物も増えて、会計をしようとする段にはそういう訳にもいかず息子をおろして財布を開く。会計を済ませて、さて行くかと、振り返ってみればシズクがいない。俺はざっと青褪めた。
決して治安の悪い街ではないが、幼い子供一人ではどんな危険があるかも分からない。せめて手を繋いでいれば良かったと、後悔しても後の祭りだ。
「シズク~! シズク何処だ!!」
俺はシズクを探して回る、すると何処からか微かに「ママぁ」という声が聞こえた。
慌てて、その声を追いかけ入った路地裏は人気もなく、何やら悪い予感がする。ライザックにはあまり人気のない場所には近付かないようにと、いつも口を酸っぱく注意されていて、そういう場所にはチンピラのような輩が住み着いている事も知っていた俺はしばし躊躇するのだが、もし万が一シズクがそんな場所にいるのならば、母親として躊躇している場合ではない。
「シズク!!」
「ママぁ、何処ぉ!?」
泣きそうな声で大きな声を上げる息子、それは間違いなくシズクの声だ。
「今行くから、そこ動くな!」
釘を刺して道を急ぐ、逆方向にでも駆けて行かれたら余計に場所が分からなくなる。ようやく通りの奥で息子を見付けた俺は、半泣きの息子を抱き上げた。全く、泣くくらいなら最初から勝手に何処かへ行くなと言うのに……
「勝手に動くなって言っただろう?」
「だってワンちゃんが……」
「犬?」
見回してみてもそんな犬を見付けられない俺は首を傾げる。何処かに行ってしまった後か……そんな風に思っていると、ふいにぬっと現れた人影。けれど、それは小さな子供だった。
「獣人か……」
獣人、人のような立ち姿をしているが人ではない獣。だが、本物の獣ほど知能がない訳でもない。人と獣人の共存するこの世界では、そこまで珍しい訳でもないのだが、こんな田舎街に獣人が現れるのは珍しい。
獣人は獣の姿と人の姿を自在に使い分けるのだが、その耳と尻尾はどうする事も出来ないようで、獣人は見れば一目で分かる。
「やっぱり、ワンちゃん」
「うちの息子が何か悪さをしたかな? だとしたら申し訳なかった」
「いえ……」
犬の獣人と思われるその子供は言葉少なく瞳を逸らす。とても小柄な犬の獣人、彼は躊躇いがちに俺の前に立った。
「君もこんな人気のない場所じゃ何があるか分からない、用が無いならこんな路地裏にはあまり近付かない方がいい」
そう言って歩き出そうとした俺の前に立ち塞がる彼は一体何がしたいのか?
「退いてくれる?」
「ダメ、行かせられない」
俺が眉を顰めると、その獣人は口笛を鳴らす。そしてそれに呼応するように現れた大柄な獣人達に俺は更に眉間の皺を深く刻んだ。
「どういう事だ?」
「おっと、これはなかなかの上物じゃないか」
現れた獣人が舌なめずりをするようにこちらを見やる。なんだよ、気持ち悪いな。上物って……あぁ、シズクの事か。
シズクは本当に可愛らしい。親馬鹿抜きにしても別嬪さんだ。それもそうだ、俺の遺伝子よりライザックの遺伝子を色濃く引いたシズクは誰が見ても上物だ、だが、息子を値踏みするようなそんな言われ方には腹が立つ。
「お前等、もしかして人攫いかよ? 俺とシズクに手なんか出したら、お前等どうなるか分かんねぇぞ」
ライザックはこの街で治安維持の仕事をしている。そんな彼が最近街で人攫いが出ていると、そんな事を言っていたのを思い出した。
「人聞きが悪いな、俺達は人攫いじゃない商品を入荷して売り捌いているだけのただの商売人だ」
「あぁん? そういうのを人攫いって言うんだよ!!」
俺は抱き上げていたシズクを片手に、買い物袋を獣人の一人に投げつけた。怯んだ獣人に体当たりで、更に行く手を阻もうとする相手に蹴りを食らわす。
悪いがおめおめと攫われてやる気はないんでな!
あの、小さいチビ犬も仲間なのか? 全く始末に終えないな。
喧嘩は好きではないが、売られた喧嘩は買う主義だ。この恐面のせいで、地元のいきった兄さん達に絡まれる事の多かった俺は、地味に空手を習っていてな、よもやこんな所でまで役に立つとは思わなかったぜ。
「顔に傷は付けるな、商品価値が下がる!」
は? ふざけんなっ、お前等なんかにシズクを指一本でも触らせる訳ねぇだろうがよ!
大乱闘の大立ち回り、そんな俺達の騒ぎに気付いたのか、誰かが通報したのか俄かに周りが騒がしくなった。助けが来たかと油断した時、獣人の一人に腕を捕まれた。
片腕にはシズクを抱いていて、反対側の腕を捕らえられた俺はその獣人を蹴り上げるのだが、思いのほか逞しいその獣人はびくともしない。
「はっ、なせっっ!!」
シズクを抱えた俺ごと俺の身体を持ち上げた獣人が、威嚇するように駆けつけた者達に牙を向く。あぁ、これ、ちょっとヤバイ……
「シズク、動くな。駄目だぞ、ちゃんと俺に掴まっておけよ」
「ふぇぇ、ママぁぁ」
腕の中の息子が泣き出した、いかん、これは本当にいかん!!
俺の服を掴む息子の指がずるりと伸び出す、それはまるで樹の蔦のようにずるりずるりと伸びていき、俺を担ぎ上げた獣人の腕に絡みつく。息子の変化はそれに留まらず髪もずるりと伸び出して、うねうねと周りの者達をも絡み取り始めた。
「シズク、止めろ。駄目だって!! ママがいるから、お願いだから泣き止んで!」
けれど、息子の暴走は止まらない。だから、どうなるか分かんないって言ったのに……あぁ、こいつらもう駄目だ……
蔦は獣人の穴という穴に触手を伸ばして、彼等の身体から体液という体液を抜いていく。
我が息子シズク、間違いなく俺とライザックの息子なのだが、困った事に森で襲ってきた触手の遺伝子まで継いで生まれてしまった我が子は、感情が暴走すると触手を伸ばす。まさか、こんな風に我が子が生まれてくるなんて思わないじゃん? それでも可愛い我が子だから手離す気はないけどさ。
「シズク、めっ! もう、止めなさい! お腹壊すよっ!!」
俺の言葉に触手の動きが少し鈍る。獣人達も完全に恐れおののき固まっているから、もう充分だろう。
「おい! 何があった!? これは……」
そんな所に通報があったのだろう駆けつけたのはライザック、仕事中だもんな申し訳ない。
「こいつ等お前が言ってた人攫いだと思う。悪い、止められなかった……」
俺の腕を掴んでいた獣人は完全に事切れている。一番近くに居たからなぁ、でもこれは自業自得だからな?
「カズ、怪我は!?」
「俺は平気、シズクは……もう駄目だって言ってるだろう?」
シズクの触手がうねうねとうねっている。悪者達に絡みつくのを止めたその触手なのだが、何故か最初に遭遇した小さな犬の獣人に興味深そうに絡みつき離そうとしない。その子犬は真っ青で、何やらこちらの方が申し訳ない気持ちになってしまう。
「シ~ズ~ク、もうお終い。触手はちゃんとしまって」
「ママぁ、ワンちゃんうちで飼お?」
「は?」
突飛な事を言い出した息子に俺は戸惑う。
「いやいや、こいつは犬の獣人だけど、犬じゃないから飼えないぞ?」
「やだやだ、ワンちゃん飼おう、ねぇ、パパいいでしょ?」
息子に見上げられたライザックも戸惑い顔で「まずは一度取調べが終わってからな」などと言葉を濁す。
えぇ、ちょっと待て。そんな言い方したらシズクが期待するだろうが!
連行されていく獣人達を見送って、息子は首輪を買いに行こうと大はしゃぎだ。いや、でも首輪って……なんて思っていたら、なんとライザック、その小さな子犬の獣人を本気で連れて帰ってきやがった。
「ワンちゃん!」と、シズクは大喜びだが、俺は渋面が隠せない。
「おい、お前本気か?」
「シズクが飼いたいと言うのだから、いいんじゃないか? 幸いな事にこいつはあいつ等に攫われてきて手伝いをさせられていただけの被害者だったらしい。帰る家が分からないと言うのだから、しばらく我が家に置く事になんの問題もないだろう?」
「それでもそいつはシズクを攫おうとしたんだぞ」
「さすがにもうそれはしないだろう、シズクを怖がって手は出せない」
確かにその子犬の尻尾は丸まってお尻にぺたりと張り付いている。耳も気持ち伏せ気味で、戸惑っているのはお互い様か。仕方がないな、と俺が頷くと、シズクはぱっと笑みを見せて、その獣人の子に抱きついた。
少しだけシズクより年上だと思われるが、やはりどう見てもその獣人は子供で、恐らくこれ以上の悪さをする事もないだろう。
「お前、名前は?」
「……ドク」
言葉少なく子犬は答えた。普通じゃない我が家、何せ俺は元異世界人、息子は少しばかり魔物の血が入っているし、旦那のライザックはそれを許容する変人だ。まぁ、それでも暮らしてみれば平凡な家庭の我が家だ、今更獣人の子供が一人増えた所でどうという事もないのかもしれない。
「ドクか、そんじゃあ、これから宜しくな」
こうして我が家に新しい家族が一人増えた。
「なぁ、ライザック本当にこいつ引き取って良かったのか?」
最初のうちはシズクに怯えていたドクだったのだが、子供同士の遊びをするうちに数日も経てばすっかり打ち解け、今はひとつのベッドで仲良く丸くなって眠っている。
どうやら劣悪な環境で暮らしていたらしいドクは目に見えてこちらにキラキラとした信頼の瞳を向けるようになり、なんだか複雑な気持ちだ。
「どうやらこの子はウルフドッグの子供らしくてな、ウルフドッグは人に懐きにくいが、一度懐いたら忠誠は一生ものらしい。ドクはシズクの忠実な僕(しもべ)になるだろう。シズクはこんな体質だし、人の社会で生きていくのは大変だ、だが信頼に足る僕(しもべ)が付いているのは何よりも心強い。私はこれからドクをそのように育てていくつもりだ」
「シズクの召使としてドクを育てるって事か?」
「まぁ、言ってしまえばそうなるか……」
俺は憮然とライザックを見やる。
「不服か?」
「そんな風に無理矢理忠誠心を押し付けるようなやり方は好きじゃない」
ライザックは元々貴族の出だ。実を言えば俺を娶った事で実家から勘当されているのだが、その考え方はやはり上に立つ者の考え方で、俺はそれに少しばかりの違和を感じてしまう。
「僕(しもべ)とか従者とかそういうんじゃなくて、普通に兄弟みたいに育てればいいじゃないか」
「兄弟……兄弟ならばカズが産んでくれればいいだろう?」
矛先がこちらに来た。俺はその言葉に少し口元をへの字に結ぶ。実を言えば、俺とライザックは結婚こそしているものの、身体の関係はほぼないと言っていい。最初が最初でなし崩しだったのと、触手のトラウマが俺の心を躊躇わせるのだ。
ライザックはそんな俺の気持ちを汲んで、無理矢理ことに及ぼうとはしないまま既に数年が経過してしまい、お互いそういう事を何となく言い出しづらくなっていた。
「やっぱり兄弟欲しいかな……」
「家族は多ければ多いほど賑やかで良いと私は思う」
ライザックに触れられる事が嫌な訳ではない、ただ一度きっかけを逃したら、その後どう挽回していいかも分からなくて、こんな事になっている。
ライザックの腕がするりと伸びて、ふわりと身体を抱きこまれた。こんな風に彼に抱かれるのもずいぶんと久しぶりだ。
「カズ……」
耳元で息を吹きかけるようにライザックが囁く。こいつ顔もいいけど、無駄に声もいいんだよなぁ。拒む必要もないし、兄弟かぁ……まぁ、それも悪くはない。
「ママぁ、おしっこ」
ふいにかけられた声にびくりと身体を竦ませた。シズクが大きな瞳を擦って、こちらを見上げている。
「あ、あぁ……シズクは偉いな、ちゃんと漏らさず起きれたな」
ベッドの上ではドクもとても眠そうな顔なのだが、むくりと起き上がりシズクを見やる。寝てていいのに、何故起きた?
「シズク、おしっこ? 一緒行く?」
「行くぅ」
瞳を擦り擦り、ドクがシズクを連れて行く。なんだか本当にお兄ちゃんみたいだな。年下の世話を焼くのは習性か? ウルフドックの習性はよく分からないけど、最近はこんな事が増えていて、シズクに手がかからなくなってほっとする傍ら、母ちゃんちょっと寂しいぞ。
「これもいい機会だと思うのだが……」
ライザックの俺を抱く腕に力が籠る。あぁ、まぁ、そうかもなぁ……
「もう一度、子供達が寝た後でな」
俺が瞳を逸らしてそう言うと、ライザックは嬉しそうに再び俺を抱き締めた。この調子では、春頃にはまた家族が増えていそうな予感に俺は微かに息を吐いた。いや、決して嫌なわけじゃないけどな!
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