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番外編:その後の幸せな家族の話

 オレのご主人様は体内に触手を飼っている。いや、飼っていると言うと語弊があるだろうか? その触手はご主人様の身体の一部でもあるのだろうから、ご主人様が触手自身と言ってもいいのかもしれない。 「ね、ドク。気持ちい?」  ご主人様の触手がオレの昂りを撫で上げる、オレの陰茎に絡みつく触手が尿道を突き、オレは身を竦ませるのだが、ご主人様は「ドクの怖がる事は何もしないよ」と綺麗な笑みを見せるのだ。  ご主人様はなりは人の姿をしているが、気持ちが昂るとその指がするすると伸びて触手へと変わる。そしてその触手は口を開け他者の精液を食すのだ。  普段の食事だけでも栄養は摂取できるらしいのだが、精液はそんなモノより満腹度が全然違うと彼は言う。  ご主人様の名前は『シズク』実はオレより幾つか年下なのだが、オレはシズクに完全服従を誓っている。  オレは獣人だ。誇り高き狼の血を引いてはいるが、時の流れと共に犬と交わった先祖のおかげで現在はウルフドッグなどと呼ばれている。  狼の血を色濃く残してはいるが、中身は犬。主人の命令には絶対服従、それがウルフドッグの特徴だ。だがそんなウルフドッグにだって勿論プライドはある、下僕になれと言われて易々と下僕になるのは真っ平ごめんで、オレが年下のシズクに飼われているのにも勿論理由は存在する。  オレは幼い頃親から奴隷商に売り飛ばされ、奴隷として何人かのご主人さまの元を転々としていた。だが、そのご主人様達は自分が主人だと言っているだけの存在で、オレは一度もそいつ等を主人だなどと認めた事はなかった。  認めた相手には絶対服従、そんなウルフドッグだが手懐けるのは難しいのだと奴隷商は笑いながら返品されるオレを何度も売りに出した。  そんな中、奴隷商にまた返品されていたオレは人攫いの手伝いをさせられる事となり、オレはそれに渋々従う。従わなければ食事がない。その当時オレはまだ幼く、一人で狩りをする事も出来ない子供だった。  子供を攫う事も厭わない奴隷商、同じ子供を誘い込むのにオレはうってつけで、見目の良い子供を見付けてはオレを子供に近付ける。オレは見てくれは子犬のように映るのだ、警戒心のない子供達はほいほいとオレに寄ってきた。  オレのご主人様も当時は幼く、誘うオレに警戒心の欠片もなく着いてきた。シズクはそれまでオレが見てきた中でも飛びぬけて綺麗な子供だった。  色素の薄い髪はさらさらと流れ、白い肌には傷ひとつない。唇は紅く弧を描き、瞳は宝石のように輝いていた。  オレとは真逆の存在がそこにいると思った。家族に愛された無垢な存在、それがオレと同じ所にまで堕ちてくるのかと思うと暗い愉悦がふつふつと湧いてくる。当時のオレはもうどこか少し壊れていたのかもしれない。  自分の未来など見えはしない、子犬の内は何度も売られ、見栄えが悪くなれば奴隷商の下僕として働かされるそんな未来しかオレには無かった。オレは奴隷商の言うがままに袋小路にシズクを誘い込む、そして奴隷商がシズクを捕まえたその時異変は起こった。  泣き出したシズク、伸びる触手が奴隷商の首を締め上げる。仲間は他にもいくらもいたが、そのことごとくが触手に縊り殺され、オレはただその光景を呆然と眺めていた。  その惨劇はシズクの母がシズクを宥める事で収まりはしたが、オレはその美しい小さな怪物が恐ろしくて仕方がなかった。  奴隷商の仲間であるオレは警備の騎士団員に連行され取り調べを受け、オレ自身が奴隷であると分かるとまだ幼い子供である事も鑑みて、無罪放免釈放された。  だがしかしオレには行くあてなどないのだ、帰る場所も食べる物もない。それを買う金など持たされた事も一度もないオレは途方に暮れる。 「もし行く場所がないのならうちにくるかい?」  そんな時にかけられた声、柔和な笑みのその人の言葉に否を唱える選択肢はその時のオレにはなかった。まさかその男があの美しい小さな怪物の父親だなんて知りもしなかったオレは彼の家でその怪物を見付けた時にはちびりそうになっていた。 「お前、本気で連れ帰って来るとか、ないわ~」  男の連れ合いはそう言って苦笑する。その小さな化け物はオレを飼おうとしきりに両親にねだっていた、オレはだからこの家に連れて来られたのだとすぐに理解する。  彼等はとても普通の家族に見える、とても普通の親子に見える、けれど母親の腕に抱かれた子供はどう考えても化け物だ。奴隷商の元に居た時より酷い地獄が待っているのかと竦みあがったオレだったが、予想に反してオレはその家に普通に家族として迎え入れられた。  毎日普通に食事が出てくる、殴られたり怒鳴られたりする事もない、召使のようにこき使われるのかと思いきや、その家の主達はオレに子供のお手伝い程度の事をやらせるにとどめ、あとは「シズクと遊んでおいで」と、オレと怪物を二人きりにしたのだ。  最初はシズクがとても怖かった、それはそうだろう大の大人をその触手で縊り殺すのを目の前で見たのだ、オレだっていつ殺されるか分からないとそう思った。なりは小さく天使のような見た目のシズクが悪魔にしか見えなかった。 「ドク、あ・そ・ぼ?」  小首を傾げて懐いてくるシズクは可愛い、可愛いのだが恐ろしい。オレはその頃恐怖で彼に従っていた。けれどオレがその家に引き取られしばらくするとシズクの下に弟が生まれた。そして弟ばかりに気を取られ自分を蔑ろにする両親に拗ねて怒って泣き出すシズクは本当にただの子供だった。  その頃のオレはシズクからは一番に頼られる相棒となり、彼の両親からは面倒を見てくれてありがとうと毎日感謝される日々だ。おかしい、地獄のはずが天国だ、オレは自分の居場所を見つけた。 「ねぇドク、僕にはなんでこんなものがあるんだろう?」  シズクは自身の触手を眺めて溜息を吐く。感情が揺れるとその触手は勝手に伸びて動き出す、普通にしていれば普通の子供、けれど喜怒哀楽の感情の揺れでその触手は姿を現す。  当然そんな異形を受け入れられない人間にシズクは忌み嫌われていった。  ある時思い余ってシズクがその触手を切り落とすとそこから零れたのは血液ではなく、甘い甘い体液だった。 「シズク! 何やってんだ!」 「だって、僕こんなのいらない! こんなモノがあるから僕は嫌われるんだ!」  わんわんと咽び泣くシズク、部屋中に広がる甘い香り。何故か心音が跳ね上がる、シズクにむしゃぶりつきたい衝動にぎゅっと拳を握り込んだ。 「そんな事しちゃダメだ、シズクは綺麗なのに傷なんか付けちゃダメだ」 「ドクはこの手を見てもそう言えるの?」  伸びる触手はまるでそこだけで意思を持っているかのようにオレの身体に纏わり付く。 「僕には分かる、これはワームだ」 「ワーム?」  ワームとは食人植物、人を捕食しその腹に子種を植え付け繁殖する。体内に寄生された人間はいずれ全てのエネルギーを奪われ絶命する。 「僕はいずれこいつに喰われて死ぬんだよ!」 「馬鹿な事を! ワームに捕食されてるならシズクなんてもうとっくの昔に死んでるよ!」 「でもだったらこれは何なのさ!? 最近手が疼いて仕方がないんだ、こいつは飢えてるんだよ、僕を食べるんじゃないならこいつは一体何が欲しいんだ!」 「……たぶん精液だ」 「精……液?」  シズクがきょとんとこちらを見やる。 「シズクは知らないかもしれないけどワームの体液には催淫作用があるんだよ、過剰摂取すると淫売に堕ちる、なんでそんな効果があるかって言ったら人間を捕食する為だ。人間は快楽に弱い、だからそうやって動けないワームは人を誘う」 「どういう事?」 「その触手がワームと同じものだとしたら、そいつは繁殖したがってるって事だ。そしてワームの大好物は人の精液」  シズクはこの匂いが分からないのか? これがシズク自身から発せられているのだとしたら今の標的はシズクではなくこのオレだ。 「繁殖……僕がドクの子供が欲しいと思ったから、勝手に暴走してるって事?」 「……え?」  瞬間シズクがしまったという表情で顔を赤らめる。 「あ……えっと違くて、いや違わないんだけど、僕、ドクの事が好きだから、将来的にはそうなれたらって……勝手に、思ってて……」  シズクの語尾がどんどん小さくなっていく、こんな状況で告白か? こちらは先程からお前にむしゃぶりつきたいのを我慢しているというのに!   「シズクはオレが好きなのか?」 「ダメ……だった?」  今度は泣きそうな表情のシズクがこちらを見やる。 「オレは奴隷だ。お前達に飼われているただの犬だ」 「? ドクは何を言ってるの?」 「オレは元々そういう生き物なんだ、人ではないから」 「ドクは家族だよ! ドクは今まで僕達のこと家族だって思ってくれてなかったの!?」  家族……家族には縁がなかったからな。オレはこの家ではただの居候でしかなく、自分の本能のままにこの家の家族を主人と定め仕えてきたに過ぎないのだ。 「オレには家族というものがよく分からない、だけどシズク達は大好きだ。誰よりも何よりもかけがえのない存在になっている」 「それってもう、家族で良くない?! ドクって時々よく分からない!」 「それはお互い様だな、オレもなんでシズクが自分で自分を傷付けるのかが分からない。他人と違うのはそんなに嫌か? シズクのそれはシズクの個性、それでいいじゃないか」  瞬間シズクが言葉に詰まる。 「ドクはそうやって結局僕を拒絶するんだ」 「? なんでそうなる?」 「だって結局ドクはただの恩返しで僕の傍にいるだけなんじゃないか! そもそも飼ってるって何? 僕はドクを飼ってるだなんて思った事ない!」  おや、おかしいな。シズクは出会った当時オレを飼おうとしきりに両親にねだっていたはずだ。あまりに幼かった頃の事ですっかり忘れてしまったか? オレはおかしくて思わず笑ってしまう。 「なんで笑うの!」 「オレ達の種族は生涯にただ一人だけ主人と定めた者を愛しぬく性質を持ってるんだ、オレはまだシズク達家族をオレの飼い主だと思っていてもただ一人の主人を見付けていない」 「? なにそれ? 変な習性」 「シズクはオレの主人になりたいか?」 「!? なんだよそれ! 僕はそんな風にドクを従属させたい訳じゃないのに!」 「だが、それがオレ達の種族の在り方だ、それは本能に刻み込まれてる」  シズクがぶすりと口をへの字に結びオレを見やるので、オレはまた笑ってしまう。 「ウルフドッグの愛は重いぞ?」 「それご主人様じゃなきゃ駄目なの? 対等な関係じゃ駄目なのかな?」 「暴走した愛情を制御できるのはご主人様の命令だけだ」 「なにそれ、怖っ」 「そう思うなら止めておこう、そんな性質だからこっちも主人選びは慎重にしたい」  オレの言葉にシズクはまた頬を膨らませる。 「ドクが僕以外に傅いてる姿とか見たくない!」 「はは、オレも今の所シズク以上に想える人間は見付けてない」 「だったら僕でいいじゃん!」 「それをシズクが受け入れるのならね」  お互い無言で見つめ合い、シズクは「分かった」と頷いた。その瞬間からオレとシズクは主人と僕(しもべ)の関係となったのだ。  オレのご主人様となったシズクがオレの上で腰を揺らす。シズクはその触手と体液でオレを惑わし翻弄するのだ。ワームの体液には催淫作用がある、恐らくシズクの触手にも同じような体液が流れていて、その薫りは非常に甘くオレを惑わす。 「ドク、もっと頂戴、全部、中に出していいからっ」  それにオレは否を言わない、そもそも主人と定めた時から逆らう事をする気はないし、シズクの触手がオレの身体を包み込んでいて物理的にも逃げる事は不可能だからだ。 「あんっ、奥……もっと突いて、そこっ、あぁ……」  何度でもオレはシズクを抱く。その触手を気持ちが悪いと言う奴等の事なんて見なくていい。お前は俺だけのご主人様で、唯一絶対の存在なのだから。 「ドク、大好き」  潤んだ瞳がオレを見やり、赤い唇が弧を描く。最初から、出会った時から捕まえようとして捕まったのはオレの方だった。  その触手すらも愛おしいと思えるようになった今のオレにはシズクが神のようにも見えてくる。 「ねぇ、子供が欲しいんだ、だから……ね、もっと頂戴」  子供、子供か。獣人のオレと触手持ちの異形のシズクとの間には一体どんな子が生まれるのだろうな? だが例えどんな姿をしていてもきっと可愛いに違いない。

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