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プロローグ

 ひらりひらりと羽雪が舞い、幻想的で美しい光景がある。  あたり一面の銀世界が目の前に広がっている。  まだ誰も歩いた痕跡はなく、ふわふわと綿毛のように柔らかな雪の絨毯が、綺麗に敷き詰められていた。  薄暗くて誰もいないような早朝に、俺は起き出してきて、窓ガラスを一枚隔てて、その幻想的な風景を見ている。  俺が暮らしている街は比較的暖かいほうなので、積もる程に雪が降るのは珍しい。  両親が離婚して、それぞれが父親、母親に別々に引き取られ、唯一の兄弟だった兄と別れたのもこんな雪が降りしきる、寒い日だったと思う。  こんな風にたまに雪が積もって、あたり一面が銀世界になると兄は決まって、このベランダに立ち、立ちションをして小便を飛ばして雪を溶かして遊んでいた。  そのせいで後日、風邪を引き、大事な部分が霜焼けになったりしていた。    馬鹿は風邪引かないというのは迷信である事を身を持って証明してくれた兄は、はっきりいって、まるきりアホだった。  そんな兄貴がまだ幼かった当時、父親に引き取られて引っ越す去り際に俺に言った。 「てがみお、かくから、こっそりじゅうしょをおしえてくれ!」 「ながねんくらしてた、じぶんちのじゅうしょくらいおぼえとけよ、カス」  というやり取りを俺として、兄は父親と共に去った。     玄関の靴箱に残されていた兄からの書き置きにはこう記されていた。  -つばさへ-  おれがいなくてさみしいだろうがしばらくのがまんだ!  もうすこし、でかくなってたいりょくつけたら、ちちおやのいきのねとめて、きっと、むかえにいくから、それまでげんきでな!  ははおやもついでに、ころしてしまおうとおもう  というか、もう、おれとつばさ、いがいはみんな、しねばいいとおもう  それじゃ、またな!  -おわり-  [おわり]じゃねえよ!  そんなんで小綺麗にしめたつもりか!  俺が言うのもなんだが、俺の兄さんは……精神的にアッーな人だった。  そして極度のブラコンだった。  幼かった頃の俺でもなんとなく、自分の兄が普通じゃないと言うことは理解していた。  突拍子もない発言や行動を繰り返す兄の面倒を見ていた母親は、目を離した隙に何をやらかすか、解らない長男のせいで、24時間、心が休まる暇もなく、ストレスで神経をやられ、ヒステリーを起こしたり、頭を掻きむしって髪を抜いたり、酒びたりになったりしだして、おかしくなってしまった。  母に子育ての全てを一人で任せきりにして背負い込ませた罪悪感から、見るに見兼ねた父親が、そっと離婚届けにサインをして母親に渡し、兄を連れて去っていったという事情があったそうだ。  幼かった当時は両親が別れた理由等は理解出来ず、高校生になった今、母親の口から聞いて最近知ったばかりだ。  そんな俺は今年の春に全寮制の男子校に受かり、その学園に入学する事になった。  全寮制でしかも男子校とか最悪すぎる環境ではあるが、仕方ない。  地元で他に受けた共学の高校もあったが、バイト禁止だったし、校則が厳しい所ばかりだった。  俺が通う予定の学校は、全寮制で男子校なのを除けば、校則はわりと緩い方だ。  母親がバリバリの外人で(何人とかはあえて伏せる)母親に似た俺も金髪なもんだから、校則が緩い所のが理想だ。  髪を黒く染めるよう言われたりするような校則が厳しい所には行きたくなかった。  この時の俺はまだ入学したその学園で、ある意外な人物と再会を果たす事になるとはまだ知るよしもなかった。     そして、俺がわざわざ¨全寮制¨の学園を選択したのにはちゃんとした理由がある。  それは…… 『オウ~! イエス! イエ~ス!』 『はあはあ……はあはあ!』  襖一枚隔てた、隣りの部屋からする男女がナニする声と衣擦れの音がやけに耳について寝られなくて、俺はこんな朝っぱらから窓ガラス越しに、雪景色を眺めて時間を潰している訳なのだ。  隣りの部屋には、俺の母親とその再婚相手が寝ている。  再婚する前の母親のフルネームはパトリシア=クレイシーだった。  バリバリの西洋人名だ。  美空 泰大 (みそら やすひろ)という男と再婚して、美空パトリシアになった。  それと同時に俺も美空 翼と言うフルネームになった。  それについては再婚相手の男に感謝している。  クレイシー翼なんてフルネームは嫌だったからだ。  最近、再婚したばかりの母親達の完全に厄介者である俺は、早々とこの家を出て自活する必要性があった。  この家を出る為にバイトをして結構貯金はある。  母親に男の影が見え始め、我が家に出入りするようになってすぐに俺は叔父が経営している職場のバイト募集の貼り紙をたまたま見かけた。  思い切ってそこで雇ってもらい、早朝に新聞配達のバイトを始めた。  本当はそういうのはいけないことなのだが、そうしないと俺は居場所のない家で、いつまでも肩身の狭い思いをしなければならなくなりそうだったからだ。  正式に雇ってもらったわけではなく、叔父の手伝いをして小遣いを貰ってる風な形で給料を受け取っていた。  ギャンブル依存症気味の母親には、内緒で毎月全額振り込んで貯金に回していたから相当な額になる。  俺名義の口座に250万ちょいぐらいか。  我ながら出来た子供だと思う。  これから新生活をスタートして、学生寮に入居して、新しいバイト先を見つけるまでにかかるもろもろの資金はしばらくはもつだろう。  就職して一人暮らしすることも考えたが、いけるなら高校ぐらいは出ておくかみたいな考えで今現在に至る。  入学手続きだかなんだかいろいろ親にしてもらわなければいけないことも有るが、それについては、義父になった男に話を通してある。  邪魔な年頃の義理の息子がいなくなればそれに越したことがない男は二つ返事で俺の提案に賛成してくれた。  高校生の義理の息子が襖(ふすま)一枚隔てた隣り部屋にいては、母親といちゃつきたくとも出来ないだろうしいろいろ神経もすり減らすだろう。  そんなわけで、義理の父親の協力もへて、俺は今年の4月から晴れて、高校生になり、息の詰まるような両親との同居生活からも解放されるわけだ。

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